19Q 3
 試合が再開され、タイムアウトを挟んだといえども、誠凛はやはり押され気味だった。

「や〜あ、なんか対策考えてきた〜?」

 尋ねる高尾を、黒子は相変わらずの真顔で見返す。

「まだ考え中です」

「んなにそれ」

 そう言って高尾は、黒子を軽く鼻で笑った。
 緑間はああ言っていたが、実際、大したことはないと思ったのだ。

 実際、黒子は高尾に対する術を持たなかった。

 同様に、追い詰められているのは先輩達も変わらない。

(やっぱ1日2試合はやべえなぁ。正直もう身体だりぃ!)

(しかも相手は、王者秀徳……! 一度離されたら、再び追いつくのはかなり厳しい……!)

 流れるような素早い秀徳の攻撃に、早々2点を奪われる。
 誠凛にとっては、既にもうギリギリの戦いに他ならない。

「ペースは俺達が掴んでる! いつも通り責めるぞ!」

 そんな大坪の声がコートに飛ぶ。
 対し日向はかなり疲れ気味で、走る大坪の傍らを歩いているのが現状だ。

 彼等の様子を見て、降旗はベンチで心配そうな表情をした。

「せ、先輩達、もう息切れ始まってないッスか」

「まだ第1Qなのに……!」

 白美は無言でビデオカメラを構えているが、他の面々の表情は思わしくなかった。

 しかし、リコは彼等を安心させるように、「大丈夫」と答える。

「この試合、温存しといた黒子くんと火神くんに掛かってるのは確かよ。でもそれだけじゃない」

 そう言ってリコは、右手を広げて、手の中に握られていた黒く小さな軍配のようなものに視線を落した。
 白美含めたベンチの皆も、興味深げにそれに注目する。

「……何スか、それ」

「この前折ったヤツ」

「……折った?」

「去年、負けてからね」

 リコは穏やかな声音で呟くと、軍配らしきものが折られるまでの経緯を語った。

――何も、いざという時外さない為のプレッシャーに耐える練習の一環で、シュートを一方外す度に日向の大事にしている武将フィギュアをへし折るという案を、実行したからである。

 彼等が話を聞いた矢先、日向は早速3Pを放った。

「王者がナンボのもんじゃい! 死ねッ!」

――但しその副作用で、日向の人格が更に曲がった。

 それを聞いてベンチの1年達は些かならず引き、土田達は項垂れることとなったが、白美は「面白い練習法だ」と破顔してみせた。

 実際、日向は大事なシュートは絶対に決めるというところまでに達したのだ。
 作戦は成功したと言えるだろう。



 だが、秀徳は日向の対抗にも構わず、本格的に容赦なく誠凛に襲い掛かり始めた。
 何より、特に、緑間だ。

 黒子のスティールを高尾がスティールし、誠凛側のディフェンスが一瞬弱まった隙を付き、センターラインに立った緑間にボールが渡る。

「何をボーっとしているのだよ。こちらは本気なのだよ。もっと必死に守れ」

 そう言って緑間は、ボールを構えた。

「俺のシュートレッジは、そんな手前ではないのだよ」

「ッ!?」

 その瞬間、誠凛側に衝撃が走る。

 直後、緑間は、センターラインで跳躍すると、宙高くにボールを押し放った。

 ボールは綺麗なループを描いて選手達の頭上を通過すると、リングに掠りもせずネットを揺らす。

 完璧な3Pだ。

(高いループは長距離を飛ばす為! 前に感じた違和感の正体はコレか! 橙野の言うとおり、ハーフコート全て――否、恐らくはそれ以上がシュート範囲! これが緑間の真の力か……!)

 ともすれば、半端ではない。

 そして緑間は、事前警告を受けていたとはいえやはり驚いている誠凛の面々に更に追い打ちをかけた。

 1人マークを離れて誠凛側のゴールの真下に付くと、声を張る。

「ここまで戻れば、黒子のパスで後ろを取るなど不可能なのだよ!」

 黒子や火神は、ハッと息を呑む。

「だが、関係ないのだよ。俺のシュートは3点、お前のカウンターは2点。何もしなかったとしても差は開いていく」

 緑間は涼しい顔をしながら、眼鏡をカチャリと押し上げた。

 そこに、日向からのパスを受けた火神が向かい合い、2人は対峙する。

「おもしれえもん持ってんじゃねえか。だが――」

「っ!?」

 火神は笑うと、驚くべきことに、跳躍してその場でボールをリングに向かって放った。

(スリーだと!?)

(アイツ、アウトサイドシュートは苦手じゃ!)

 火神は、2人の隙を見逃さず、緑間の横を走り抜けてリング前で跳躍した。

(そのままはいりゃそれでいいし――)

 苦手なだけあって、ボールはリングにぶつかって外に跳ね返った。
 が、そのボールをジャンプした火神の手が掴む。

(外れたら、自分でブチ込む!!)

「何だ! 今の! 1人アリウープ!?」

 火神のスゴ技に、会場はどっと沸いた。

「アイツ……!」

 客席の中で、一度やりあっている黄瀬は取りわけ驚嘆の表情をみせた。
 
――火神は、確かに強くなっている。

 仲間たちと声をかけ合いながら守備に走る火神の背中を見つめて、緑間はクッと小さく喉を鳴らした。



(1ゴール差、このままなら、何とか……)

 火神のファインプレーを前に、誠凛にも希望が見えると、リコは少し安心をした。

 だが傍らの白美がオレンジの双眸をギラリと光らせたことに気が付き、反射的に身を強張らせてその視線の先を辿る。

 誠凛の選手たちが、咄嗟に振り返ったのと、同刻だった。

「君らなりの良いシュートなのだよ。だが――」

 果たせるかな、その先で彼等が見たものは、誠凛のリング下でシュートフォームに入る緑間だ。

(なっにやってんだよ……、オイ! そっから何メートルあると――!?)

「嘘、だろ……? 橙野のは、もののたとえじゃ――」

 唖然とする彼等を諸共せず、緑間は冷静沈着にボールを宙に放った。

 ボールは急速に上昇すると、天井近くまで達したところで、急速に失速し落下する。

「そんな手前ではないと言ったはずなのだよ。俺のシュートレッジは、コート全てだ」

 長い滞空時間を経て、ボールはやはりリングを掠ることも無くネットを揺らし、3点を秀徳に加算した。

(It's not a critical hit)

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