18Q 2
 会場となるフロアを取り巻く座席は、一時は帰宅する者や休憩、食事の為に外出する者の為に空きをみせていたが、今やどこか緊張した面持ちの観客で埋め尽くされていた。

そして時刻は、5:50。

「10分前だ!!」

「行くぞ!!」

 秀徳、及び誠凛の控室から、各々の主将の声を合図に選手達がぞろぞろとフロアに向かう。
 だが秀徳の控室には1人、未だベンチに座ったまま動こうとしない者がいた。

「緑間」

 大坪は扉のところで立ち止まり、険しい表情で腰を下ろしたままでいる緑間を一瞥する。

「すみません。先に行ってください」

 緑間は、静かに言った。



 部員が1人残っていたのは、誠凛側も同じだった。

 部屋を出る列の最後尾に付けていた黒子だったが、火神が未だロッカーに凭れ掛かって眠っていることに気が付く。

「火神くん、時間です」

「ん……」

 戻って声をかければ、火神は薄らと目を開いた。

「まったく、試合間に寝るなんてね」

 と、黒子は隣に白美が立っていることに気が付く。
 白美は大きなカバンを肩にかけた状態で、呆れたように薄らと笑った。

 一つ大きな欠伸をして目を擦った火神に、白美はスポーツドリンクと小さな袋に入 ったタブレットを投げ渡す。

「それ摂って、さっさと手洗いに行って来い」

「……おう」



 一方秀徳では、緑間が1人静寂の中、精神統一をしていた。

(『トリックスター』はあの日から既に存在しない。問題は、黒子。そして火神――奴の新しい光)

 そっと瞑目する。

(シューティングを欠かした日はない。練習も手を抜いたことはない。左手の爪のケアもいつも通り。今日の占い、蟹座は一位。ラッキーアイテム、狸の信楽焼きも持ってきている。バッシュの紐は右から結んだ。人事は――)

――尽くした。

 緑間は開眼し、儀式を終える。
 それとほぼ同じころ、完全に覚醒した火神はドリンクとブドウ糖を摂取し終え、カッと目を開いた。



 そうして間もなく、両サイドの選手達がフロアに出そろった。

 客席には、緊張感あふれる表情をして、試合開始を待つ正邦の姿も見受けられる。

 黄瀬と笠松も、正邦戦の時と同じ場所に陣取り、試合の行く手を厳しい顔で望んでいた。
 ただ、正邦戦の時と違うのはその周辺の席に座る観客たちの数だ。
 正邦の時は周囲に10人程度しかいなかったのが、今や前後共に学生たちに埋め尽くされている。

 秀徳への注目、そして王者正邦を破ったダークホース誠凛への注目には、なかなかのものがあった。

 
 フロアでは其々の高校のスタメンたちが、背を丸め、膝に手をついて額を寄せ合い、引き締まった表情をして、直前の主将の言葉に傾聴している。

「正直、ここまで誠凛が勝ち進んでくると予想していた者は少ないだろう。北の王者の敗退は番狂わせという他ない。だがそれだけのことだ。うちにとっては何も変わらん。相手が虎であろうと兎であろうと、獅子のすることは一つ、全力で叩き潰すだけだ! いつも通り! 勝つのみ!」

 秀徳。王者らしく、実に迫力あふれる気合い入れだった。

――対して、誠凛というと。

 一見一聴では、どこか気の抜けた様子で、日向が言葉を紡ぐ。

「は〜、疲れた〜。今日は朝から憂鬱でさ〜、二試合連続だし王者だし〜。正邦とやってるときも、倒してももう一試合あるとか考えるし〜」

 しかし、その後数秒の沈黙を置いて、日向はにやりと口角を吊り上げた。

「けどあと一試合……、も〜う次だの温存だのまどろっこしいことはいんねえ。気分スッキり、やることは一つだけ! ――ぶっ倒れるまで全部出し切れ!!」

「おう!!」

 両者共に、臨戦態勢。
 今まさに、試合は始まろうとしている。

 ベンチの傍らの三脚の上と、自身の手の中には、ビデオカメラ。
 この昂揚感は何度味わってもいいものだと思いながら、白美は顔に被る長い前髪の下でフッと笑った。

(It's all set)

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