16Q 2
「すみません、交代お願いします」

 早速交代を申し出たリコを傍らに、案の定火神は納得いかないと貌を歪め慌てた。

「えっ!? 大丈夫ッスよこんぐらい! もうファウルしなきゃいんだろ!? 行けます!!」

 そう言って頭をかかえ必死に要求するが、立ち並ぶ先輩達にそれを呑む気はさらさらない。


 まず日向はふうっと息を吐くと、瞑目した。

「ま、ちょうどいいわ。お前と黒子はどうせ引っ込めるつもりだったからな」

 後頭部をさすって言う。
 日向の言葉には火神だけではなく、黒子も微かな反応を示した。

「僕も――ですか?」

「最初から決めてたからな。お前ら二人は前半までだって」

 無論、火神はその言葉に納得がいかなかった。
 日向の真っ直ぐな眼差しを前にしても、苛立ちが募るだけだ。

「そんな、なんでだよ!! ……ですか!」

 身構えて彼等に抗う。
 白美は小さくフウッと息を吐くと、柔らかく微笑みを浮かべ、先輩達の傍らから火神の隣に動いた。

「理由は一つだよ、火神」

「え?」

 白美は、火神が自分の方を向いたところで、サッと真剣な表情をする。

「緑間を倒すためには、2人が必要だから」

 ハッキリ告げられたその言葉を聞いた途端、黒子の火神の表情が彼等の意識の外で引き締まる。

「もしこの試合に勝ったとして、次の秀徳に勝つには緑間攻略が必須条件だよ。けど予想道理、秀徳は既に緑間を温存してる。消耗した2人では勝てない」

「だからって! この試合に負けたら元も子もない――」

「博打だってのはわかってるさ」

「っ」

 それでも引き下がらない火神を、白美に続いて制するのは日向だ。
 意志を宿した強い眼差しで、火神を説得しにかかる。

「けど、橙野の言うとおりお前ら二人を温存できれば、秀徳を倒し、決勝リーグに行ける可能性が僅かに残るんだ!」

「いや、疲れてても、なんとかして緑間を倒してみせますよ! だから!」

「火神くん、言うとおりにしましょう」

 最後に、口を開いたのはずっと黙っていた黒子だった。

「なっ!?」

 相棒に言われ驚きで息を詰まらせる火神を、黒子はぶれない眼で見上げる。

「僕は先輩達を信じます」

「俺も、信じてる。それに、俺が試合で出来ることは、いくら怪我が快方していると言えども、結局最後は『信じること』だけだし」

 だから、お前も。

 二人の言葉に黙った火神に、日向は「まぁ心配すんな」と声をかけた。

「正邦は――、俺達が倒す」

 ハッキリと言った日向に、暫くの間を置いた後、白美は一歩近づいた。
 そして伊月と水戸部、交代する2人の貌も一望すると、口を開く。

「もう、行けるんですね」
 
 白美の問いは、答えを予期した穏やかなものだった。

「あぁ、当たり前だ」

 そして、かえってきた自信げな答えに、白美はフッと口角をあげた。

序盤でボールを回した甲斐もありましたかね

「え、なんて?」

「いや、なんでもないです」

 今回のカードは、5枚セットだ。
 
 できることなら最後のカードを出さずに済みます様に。
 その為に、しっかりと効果を発揮してもらいたいと、白美は彼等の後ろ姿を見送った。



「誠凛、メンバーチェンジです!」

 笛の音と共に、審判が告げる。

「いやぁ、ひっさしぶりだわ〜、出んの」

 実に久々の試合に、土田はにこやかに笑いながら言った。

「じゃ、いいとこ見せちゃおうぜ、つっちー」

 小金井もどこか嬉しそうに笑う。

 そんな二人に近づいて、火神は「ヤバくなったら出ます」と告げた。

「4ファウルが何言ってんだ、まかしとけ!」

 小金井は笑って言い返し、火神とすれ違いにバトンタッチする。
 続いて黒子と土田も入れ替わり、コートの誠凛側は2年だけとなった。

「あ、2人?」

「1年、両方引っ込めて来たか……」

 誠凛側のメンバーチェンジに、正邦の陣営は少しばかり不思議そうな反応をした。
 とはいえ、まずは出方を探っていかなければならない。
 相変わらず油断を許されないのは事実だ。

 しかし、津川だけはやはり一味違って、「津川スマイル」を浮かべて日向に絡みにかかる。

「あーらら、2人ともいなくなっちゃったかー。ま、ちょっと物足りないけど、いっか!」

 が――、今回は相手がまずかった。

「がたがたうるせえぞ茶坊主が……」

「ちゃっ、ちゃっ――!?」

 押しとどめられた低い声を聞いてビビる津川を、日向は眼鏡を光らせ一睨みする。

「今からお前に先輩への口のきき方教えてやる。ハゲ」

 日向の言葉に白美はニヤッと笑いをこぼし、対して津川は、白美の牽制の際とはまた少し違う青さに顔を染めた。



 一方、「行け行け秀徳!」と体育館に響き続ける声援の中、ベンチの高尾は誠凛のベンチを見て、「おっ」と驚きの声をあげた。

 ベンチには端から、リコ、白美に続いて、火神と黒子が座っている。

「おいおい、誠凛、1年コンビ、引っ込めちまったぞ。勝負投げたのか?」

 高尾は、隣に座る緑間に尋ねた。
 だが誠凛VS正邦のコートに鋭い眼差しを向けながら、緑間は「否」と答えた。

「むしろ逆だ。あの目は、勝つ気だ」

 そう言って間もなく、コートでは誠凛が2点を増やした。
 日向のフェイクから水戸部がボールを受け取り、ダンクを決めたのだ。

 スコアは30‐31。

 火神はダンクできたんかい、と驚いているが、傍らで白美は笑顔を浮かべ、小さくガッツポーズをした。

(これなら、行けそうかな)

 コートでは、「ナイスダンク、水戸部」とディフェンスに走る日向の背中を、怖い顔をした岩村が呼び止める。

「さっきの話聞こえたが、まさか秀徳に勝つつもりとは。うちも舐められたものだな」

「あぁ、あんなん建前ッスよ」

「建前?」

「これは、俺達にとっての雪辱戦。後輩たちの力借りて勝ったところで、祝えねえじゃないっすか」

 不思議そうに問い返す岩村に、日向は割り切った口調で言葉を返す。

「……」

「とどのつまり――、先輩の意地だよ」

 その言葉を聞いて、白美は更に微笑みを強めた。
 今の、彼等のことは不思議と、心から頼りにできると思えたのだ。

 誰かを信じて何かをするなんていうことは、白美が何よりずっと苦手にしてきた類のことだった。
 今でもそれが苦手であることは変わらない。

 だが、この先輩たちならば、もしかしたら。

「先輩っても、俺と1つ違うだけじゃーん、ハハハ」

「お前マジ黙っとけ!」

「っ!」

 確かに、津川の言うとおり、1年違うだけだ。
 バスケの才能もスキルも、無論彼等より白美自身の方が上だ。

 けれど。

 その凛とした佇まいや、素直な言葉、何より強い意志の籠った眼差しを前にして、日々の彼等のひたむきな努力を思い出して、白美は確かに、彼等に対して自らが敬意を抱いていることに気付いた。
 
(細かいことはいい、今は……)

「受けて立とう、来い」

 岩村もまた、真っ直ぐな眼で日向を見返す。

「んんじゃあ遠慮なく……。行くぞ、正邦!!」

 白美は、拳を膝の上でぎゅっと握りしめた。

(この試合、絶対勝ってくださいよ――、先輩……!)

 第三のカードのこともあるが、それとはまた別だ。

――こんなに、素直に誰かを応援するのは。

 その感情は、熱くて、こそばゆくて、気を抜いたら今にも自分はベンチから立ち上がってしまうのではないかと思ったほどだった。


(橙野くん……)



 その後の試合のみならず応援は、かなりの白熱を見せた。

 正邦側は堅忍不抜の横断幕のもと、ベンチのみならず客席からも熱い声援を送る。
 だが、誠凛も負けじとベンチから声を張り、コートの中で戦いを繰り広げる選手たちに声をかけた。
 無論白美も、リコや他の1年3人とまではいかないが、声を出して先輩達を応援した。

 が、ふと傍らに目をやると、火神がむすっと怖い顔をして座っているではないか。

(うっわ、タイガー……、流石だな、オイ)

 これには若干の悪戯心がくすぐられて、白美は火神の右頬に軽いパンチをぐりぐりと喰らわせた。

「何深刻な貌してんの。先輩方はそんなやわじゃないから大丈夫だと思うけど?」

「そうよ、橙野くんの言う通りよ、火神くん」

 白美とリコに揃って言われ、火神はじっとコートを駆ける先輩達を見つめる。

「もらったっ!」

「っさっすかぁあっ!」

 ダンクしにかかった正邦の選手を、高く飛んだ日向が空中でブロックしてボールを奪った。

「うわあ、すげえ!」

「止めたっ!」

 日向のファインプレーに、誠凛の1年2人はなかなかの興奮っぷりだ。

 続いて、水戸部のフックシュートが決まった。昨年にはなかったものだという。
 つまるところ、1年間の水戸部の努力とそれに伴う成長を表すものだ。

 それに対抗し、春日は極めて柔らかなタッチのスクープシュートで2点取り返す。

 だが、誠凛も負けていない。

 伊月からパスを受けた小金井のシュートで、また2点を加算した。


 正邦に引けを取らない誠凛の様子を、黄瀬は少し目を丸めて見下ろす。

「あ〜あ、思ったより全然喰らいついてるッスねぇ〜」

 一方笠松は、冷静に彼等の試合運びを分析し、口を開いた。

「むしろ今の方がしっくりきてるけどな。黒子と火神、時々橙野加えたチーム編成は、春から作った型。言わば発展途上だ。日向のアウトサイドシュートと、水戸部のフックシュート。それを軸にして、チームオフェンスで点を取る今の型が、誠凛が一年かけてつくったもう一つの型だ。あいつ等は、去年の敗戦から相当練習してきたんだろう。勝つために」

 そして更に、伊月のコートを俯瞰して見る「イーグルアイ」の働きにより、誠凛はもう2点を得た。

「うわぁ〜、決まった!」

「すげえよ誠凛! 王者正邦に負けてねえ!」

 昨年度全く叶わなかった相手に、今こうして食らいついている。
 それどころか、対等にやり合えている。

 それはまさしく、2年生たちの努力の成果といって過言ではない。

(それにこの試合、先輩たちは――)


 だが、残り5分、6点差という矢先、事は起こった。

(return match)

*前 次#

backbookmark
86/136