15Q 6
「まだ試合は始まったばかりよ!」
リコは、闘志の籠った凄みのある表情と声で、ベンチの選手たちに言った。
「フォーメーションはこのままで行く。ただ、パス回しにつられ過ぎてるから、ゾーンは少しタイトに。あと、火神」
リコに名指しされた火神は、ドリンクを片手にどんな良いことを言われるのかと顔を輝かせた。
が、「ファウル多い」と注意され、あからさまに気を落した。
白美はベンチ脇に立ち、その様子を見て少しだけ頬を緩めた。
そして、一歩ベンチに踏み出す。
「正邦は姿勢を改めて、今度こそ、本気で絞りにかかってきます。でも、だからと言って、こちらが動じることはありません」
白美の言葉に、リコや日向はじめとした面々は、「そのとおりだ」と頷いた。
「相手に合わせようなんて腰が引けちゃ、流れ持ってかれる。攻める気持ちが大事よ!!」
「おう!」
そうやってリコや白美は、5人を強い気持ちでコートに押し出した。
但し、この時白美には一つ無視できない懸念事項があった。
火神のファウルだ。
先輩や火神の力量を誤算しているとは思っていなかったが、白美はこのままいけばもしかすると、最後のカードを切らなくてはいけない事態になるのではないかと、1人案じていた。
★
そんな心配をよそに、第2Qが始まった。
早速ボールを持った伊月vsディフェンス春日と、彼等の動きを待つ火神と津川の間をはじめとした2校の選手間で、静かで緊張した駆け引きが始まる。
「もうさっきまでに抜かせないからね」
津川は、火神に好戦的な笑顔で言った。
その通り、先程は緩みさえあったそれが、今は一部の隙もなく火神達に迫っている。
「うわ! やっぱり一段と厳しくなりやがった!」
「いよいよ東京最強のディフェンス、全開か……」
「……」
ベンチでは、一年の1人や小金井、リコ達が試合の様子に目を凝らす。
白美は彼等より増して更に一段と鋭い眼差しを、コートに送る。
「この局面で、どれだけつなげるかもまた大きな鍵になる――」
火神が伊月からボールを得たのは、白美が呟いたその矢先だった。
早速、津川と火神の激しい1on1になる。
(こんのやろっ……! マジでコイツ、抜けねェっ!)
火神は歯を食いしばり、必死で津川の隙を探す。
だが、一分のそれも見つからない。動きを阻まれて攻めあぐねる。
(けど……)
そう、今このコートには、黒子が、火神の影がいる。
火神は瞬時に、的確な位置に走りこんできた黒子に視線を走らせた。
津川の股下を通すバウンズパスを出せば、咄嗟の動きに津川の反応が遅れる。
その隙に火神は津川を追い越し、黒子から戻ってきたボールを手にリングに向かって突進した。
「させん!」
流石正邦だ。津川を抜いたと思ったら今度は、火神の前に岩村が立ちはだかる。
だが、これとて同じことだった。
火神は傍らを駆ける黒子にパスを出し、岩村を抜くいた。
其処から先は誰も火神を止められなかった。
火神は一気に跳躍し、手に戻ってきたボールをリングに叩き込んだ。
「お〜!」
「なんだ今の! 二人抜きだったぜ!!」
一気に会場も湧く。
一方津川といえば、「あんな連携プレーもあんのかよ」と衝撃に身を固めていた。
「ってか、11番今どっから出てきた……?」
タネを知らない者にとって、黒子のプレーはまさに理解不能だった。
とはいえ、知っている者でも黒子のプレーには驚かされているようだが。
「あのプレーをぶち破るかよ」
笠松は目をまるくし、隣の黄瀬といえば、「参った」と言わんばかりに額に手をあて髪を掻き上げている。
「前より2人の息が合ってるッスね」
誠凛、好調か。
しかし、この時笠松や、ベンチの白美は、ファウル以外のあることを気にしていた。
それは、火神のかいている汗の量からわかるように、火神の異常な体力消耗についてだった。
そして、その事に気付いていたのは、彼等だけではなかった。
ハァハァと息を切らす火神を前に、にやにやと嫌な笑みを浮かべる、津川。
「なぁに浮かれて笑ってんの〜?」
「っ、あぁ、すいません……」
津川はその姿を見つけた春日に肩を組まれ、慌てて謝罪の言葉を口にしたものの、春日に責めるつもりがないとわかって肩の力を抜く。
「いいけどさ、別に。火神のオーバーペースだろ? 嬉しいのは。イイ感じにお前のマークが効いてんじゃん」
春日の言葉に、津川はあっさり調子づいた。
「まだまだ、もっと苦しんでくんないと!」
「おぉ〜、なんと頼もしいドSっぷり!」
にやりと笑う春日に、津川も薄笑いを浮かべた表情で言葉を足す。
「それにあの二人、攻撃力は確かにすげぇけど、点取れるのは、1人だけでしょ……?」
★
その頃ベンチでは、白美が微かに表情を歪めていた。
「――リコ先輩」
「ん、何?」
いつになく詰まった白美の声に、リコは目を細めて尋ねる。
そうすれば、炎を宿したオレンジ色の瞳にかち合った。
「次。時計が止まったら、火神を問答無用で先輩方と交代させてください」
(matter of concern)
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