15Q 6
「まだ試合は始まったばかりよ!」

 リコは、闘志の籠った凄みのある表情と声で、ベンチの選手たちに言った。

「フォーメーションはこのままで行く。ただ、パス回しにつられ過ぎてるから、ゾーンは少しタイトに。あと、火神」

 リコに名指しされた火神は、ドリンクを片手にどんな良いことを言われるのかと顔を輝かせた。
 が、「ファウル多い」と注意され、あからさまに気を落した。

 白美はベンチ脇に立ち、その様子を見て少しだけ頬を緩めた。
 そして、一歩ベンチに踏み出す。

「正邦は姿勢を改めて、今度こそ、本気で絞りにかかってきます。でも、だからと言って、こちらが動じることはありません」

 白美の言葉に、リコや日向はじめとした面々は、「そのとおりだ」と頷いた。

「相手に合わせようなんて腰が引けちゃ、流れ持ってかれる。攻める気持ちが大事よ!!」

「おう!」

 そうやってリコや白美は、5人を強い気持ちでコートに押し出した。
 但し、この時白美には一つ無視できない懸念事項があった。

 火神のファウルだ。

 先輩や火神の力量を誤算しているとは思っていなかったが、白美はこのままいけばもしかすると、最後のカードを切らなくてはいけない事態になるのではないかと、1人案じていた。



 そんな心配をよそに、第2Qが始まった。

 早速ボールを持った伊月vsディフェンス春日と、彼等の動きを待つ火神と津川の間をはじめとした2校の選手間で、静かで緊張した駆け引きが始まる。

「もうさっきまでに抜かせないからね」

 津川は、火神に好戦的な笑顔で言った。
 その通り、先程は緩みさえあったそれが、今は一部の隙もなく火神達に迫っている。

「うわ! やっぱり一段と厳しくなりやがった!」

「いよいよ東京最強のディフェンス、全開か……」

「……」

 ベンチでは、一年の1人や小金井、リコ達が試合の様子に目を凝らす。
 白美は彼等より増して更に一段と鋭い眼差しを、コートに送る。

「この局面で、どれだけつなげるかもまた大きな鍵になる――」

 火神が伊月からボールを得たのは、白美が呟いたその矢先だった。
 早速、津川と火神の激しい1on1になる。

(こんのやろっ……! マジでコイツ、抜けねェっ!)

 火神は歯を食いしばり、必死で津川の隙を探す。
 だが、一分のそれも見つからない。動きを阻まれて攻めあぐねる。

(けど……)

 そう、今このコートには、黒子が、火神の影がいる。
 火神は瞬時に、的確な位置に走りこんできた黒子に視線を走らせた。

 津川の股下を通すバウンズパスを出せば、咄嗟の動きに津川の反応が遅れる。
 その隙に火神は津川を追い越し、黒子から戻ってきたボールを手にリングに向かって突進した。

「させん!」

 流石正邦だ。津川を抜いたと思ったら今度は、火神の前に岩村が立ちはだかる。
 だが、これとて同じことだった。

 火神は傍らを駆ける黒子にパスを出し、岩村を抜くいた。
 其処から先は誰も火神を止められなかった。

 火神は一気に跳躍し、手に戻ってきたボールをリングに叩き込んだ。

「お〜!」

「なんだ今の! 二人抜きだったぜ!!」

 一気に会場も湧く。

 一方津川といえば、「あんな連携プレーもあんのかよ」と衝撃に身を固めていた。

「ってか、11番今どっから出てきた……?」

 タネを知らない者にとって、黒子のプレーはまさに理解不能だった。
 とはいえ、知っている者でも黒子のプレーには驚かされているようだが。

「あのプレーをぶち破るかよ」

 笠松は目をまるくし、隣の黄瀬といえば、「参った」と言わんばかりに額に手をあて髪を掻き上げている。

「前より2人の息が合ってるッスね」

 誠凛、好調か。

 しかし、この時笠松や、ベンチの白美は、ファウル以外のあることを気にしていた。
 それは、火神のかいている汗の量からわかるように、火神の異常な体力消耗についてだった。

 そして、その事に気付いていたのは、彼等だけではなかった。
 ハァハァと息を切らす火神を前に、にやにやと嫌な笑みを浮かべる、津川。

「なぁに浮かれて笑ってんの〜?」

「っ、あぁ、すいません……」

 津川はその姿を見つけた春日に肩を組まれ、慌てて謝罪の言葉を口にしたものの、春日に責めるつもりがないとわかって肩の力を抜く。

「いいけどさ、別に。火神のオーバーペースだろ? 嬉しいのは。イイ感じにお前のマークが効いてんじゃん」

 春日の言葉に、津川はあっさり調子づいた。

「まだまだ、もっと苦しんでくんないと!」

「おぉ〜、なんと頼もしいドSっぷり!」

 にやりと笑う春日に、津川も薄笑いを浮かべた表情で言葉を足す。

「それにあの二人、攻撃力は確かにすげぇけど、点取れるのは、1人だけでしょ……?」



 その頃ベンチでは、白美が微かに表情を歪めていた。

「――リコ先輩」

「ん、何?」

 いつになく詰まった白美の声に、リコは目を細めて尋ねる。
 そうすれば、炎を宿したオレンジ色の瞳にかち合った。

「次。時計が止まったら、火神を問答無用で先輩方と交代させてください」

(matter of concern)

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