15Q 5
 試合は、誠凛のメンバーを1人交代した後、再開された。

 誠凛のオフェンス。
 ボールを持った伊月、火神、その他誠凛の面々にべったりと張り付く、正邦。
 そのディフェンスは、相変わらず強力だった。

「マジ、ずっとべったりじゃん」

「パスまわすのもしんどいよ」

 降旗と福田が、試合の様子を見て険しい顔で言う。
 だが、白美だけは違った。

 彼等とは対照的に、どこか明るく微笑みを浮かべている。
 白美は、コートをじっと見つめたまま口を開いた。

「心配ないよ。こう見えても、ほんの微かだけど、彼等の心には安堵とかいう隙が出来てるはず。俺が試合前に揺さぶって相手に警戒させていたのは一度は緩んだけれど、結果俺が出てより強まった。でもそれが、俺が抜けたことで一気に緩む。そこで登場するのが、パス回しに特化した黒子」

「あっ」

「本当は俺ももう少し行けたけどね。でもさっきの場面で俺が抜けたことによって、正邦に対して黒子の能力はカナリの効き目を持つことになる。うちは、今攻撃を仕掛けてる真っ最中なんだよ。――無論、これだけで攻略できる相手ではないけれど」

 白美は言った。


 その通り、伊月は春日の隙を突いて、バウンズパスを出した。
 春日は、苦し紛れのパスが通るはずがない、と笑ってボールの行く先に注意を向ける。

 だがその瞬間、春日は驚くべきものを見た。
 黒子がボールの向きを変えたのだ。
 ボールは水戸部に付いた岩村のディフェンスを拭う様に進み、見事水戸部の手の中に納まる。

(何っ!? ディフェンスの裏からパスが!?)

 岩村は想像しなかった事態に瞠目した。
 ハッと気づいた時にはすでに遅し、水戸部がボールをリングに放った後だ。

 誠凛に、2点が追加される。


 誰の目から見てもやはり衝撃的なパスに、会場の空気はざわっと揺れた。

「何だ今のパス!?」

「ブーメランみたいに戻ってきた!」

「戻ってねえよ、誰かがカットして向きかえたんだよ!」

「誰かって、誰?」

「さぁ……」

 そんな声を片耳に、タネを知る黄瀬は身を更に乗り出して、楽しそうにニヤつきながらコートを見下ろす。

「っへ、鉄壁の正邦ディフェンスも、壁の内側からパス喰らったことはないみたいッスねぇ〜」

 そうして黄瀬同様、白美もベンチにて、「ほらね」と1年3人に楽しそうな笑みを向けた。

「そうして揺さぶりがかかって、正邦のディフェンスは更に緩まる。共にオフェンスのツメも甘くなって、こっちの攻めってところかな」




 白美の言葉通り、正邦は揺さぶられていた。

「くっそ、どうなってんだ!」

 少し焦った様子でボールを運ぶ正邦の選手。

「まぁまぁ、落ち着きんしゃい!!」

 春日は一見するといつもの調子のままボールを受け取り、その場で伊月のディフェンスをかわした。

(しまった!)

 春日は伊月を抜き、リングに向かって素早く詰め寄ると、シュートする為に跳躍する。
――が。

 背後から飛び上った火神にボールを弾かれた。
 春日が息を呑み着地する間に、既に誠凛はパスを回し、遅れた正邦のディフェンスの傍らリングに向かって突き進んでいる。

「俄然誠凛、勢いづいてきた!!」

 客席からはそんな声が上がり、ベンチはここぞとばかりに応援の声をあげた。


 そして訪れた、00:18。16−19という局面。

 津川の掴んだボールを、黒子がバックチップで火神の手に渡した。
 火神は即座にディフェンスの手をかいくぐり、日向にパスを出す。
 ボールを受け取った日向は間髪入れず宙に飛び上り、遠く離れた場所から、リングに向かってボールを放った。
 ボールはスッとネットを抜け、ちょうどブザーが響く。

「スリー!!」

 客席はわあっと沸き、第1Q終了を告げる声が響いた。




 第1Qが終わり、量チームは時計の前、線を挟んで塊で対峙していた。

「そう言えばさっき、またコイツが馬鹿言ったそうだな」

 岩村は、津川のユニフォームをの首元後ろを掴みあげ、怖い顔をして言う。
 それに対し、日向は笑顔で対応した。

「あぁ、ぶっちゃけ、去年のトラウマ思い出したし」

「すまんな」

「けどま――」

 日向は、チラッとスコアに視線を走らせる。

「全然ッスよ」

 日向の気丈な態度に、正邦側は全員が其々、小さく反応をする。

「乗り越えたし」

 日向の言葉は、試合前の白美の言動を彼等の脳裏に自然と呼び起こした。
 自信げに佇む誠凛を前に、正邦は自分たちの誠凛に対する目を、漸く改めたのだった。

 19‐19。

「ヤバくね?! つか有り得ねえ! 全然目標達成できてなくねってどころかマジあり得ねえ!」

 唯一、その事を自覚できなかった津川が、ベンチの端で貌を歪める。
 そこに、岩村から厳しい声が飛んだ。

「津川」

「っ」

「調子に乗るな。黙れ」

「っ!」

 岩村は、引き締まった険しい表情で、口を開く。

「もし、この中に今の津川と同じようなことを少しでも思ってる奴が居たら改めて肝をに銘じろ。あいつ等は、強い。格下などと間違っても思うな!!」

 岩村は、大声で彼等に言った。
 それを聞き、彼等の前でフロアに膝をついていた監督が、「おうおう」と声をあげる。

「油断は禁物だ。岩村はちゃんとわかってるねぇ。お互い高校生だ。勝負が終わるまで、何が起こるかわからん。毛ほども隙を作るな。まだ勝負は――」



(chink in the armor)

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