Sleep04




眠りについて、そうすると当然のようにインペルダウンの中にいた。
目の前にはエースがいて、俺と目が合うと優しく微笑んだ。

「よお、起きたのか」
「うん……おはよう」

眠りについた実感もなくこうやってすぐに顔を合わせるのが不思議だったが、普通に寝て普通に起きたとしてもきっと実感は今と変わらないのかもしれない。実際は全く眠っていないはずなのにすぐに目が覚めても眠気に襲われることもなく、俺もエースもごく普通に目を覚ましていた。

「お前が寝てもこっちに来なきゃいいんだけどな」
「俺は来たいよ?」

きっとエースは、心配だから、ということを言いたいのだろうけど、
俺のいないところで怪我をして苦しんでいるというのはいい気持ちのしないものだった。
だからといって、エースが怪我をするところも見たくはないのだけど。
エースは俺の答えが気に食わなかったのか眉根をぎゅっと寄せて俺を見る。怒らせてしまうのは嫌だったけど、それでも俺は、それこそ"くい"の無いようにしたかったから言いたいことは我慢しない。

「エースが知らないところで傷つくなんて、そんなの嫌だ」
「バカ……俺が怪我するってことは、獄卒獣がここに来るってことだぞ。見つかったらどうすんだ」
「そ、……だけど、でも、嫌だ」

エースは大変大きい溜息を吐いて、次いで苦笑して俺を見る。
困ったようにお兄ちゃんの顔で笑うエースが、好きだと思った。

「ほんっとお前……ルフィそっくりだな」

言われて、そういえばルフィもどんなに諭されても自分の気持ち優先だったなと思い出す。
「いやだ!」って言葉、初期は結構言ってたもんな、と思い出しながら、それって結局子ども扱いなんじゃないかと思い直してむっと顔を歪める。

「ま、また子供扱い!」
「バレたか」
「もー!」

そうだ、そして、エースは言ってた。
「俺のいう事なんてちっとも聞かねぇで、無茶ばっかりしやがって」。
ルフィの事は弟だから大切に守ろうとしていた。

じゃあ、
俺の事も?

俺は弟ってわけじゃないのに、それなのに俺の事も守ろうとしてくれてるという事がとても嬉しかった。
敵わないなあ。
守りたいのは俺なのに。
どうしたら俺、エースの事守れる?
エースをじっと見て思う。そういえば。

「エース、」
「ん?」
「手当したの、そのままだ」
「あ……」

さっき俺が手当した、そのままの姿でインペルダウンに繋がれている。
それは、一体どういう事なのか俺には分からなかったが、とても素敵な変化なのかもしれないと思った。
怪我が手当もされないまま血を流しているよりも、これなら少しは辛くないかもしれない。
にこにこしてしまうとエースに噴出されてしまったが、うん、まあ、それはそれだ。

「……!」
「エース?」

エースの隣に、密着するように座っていると、突然エースは何かに気付いたように顔を上げて檻の外を凝視した。
その様子に俺は、また獄卒獣が来たのかと身を固くする。

「ご、獄卒獣……?」
「いや……けど、やべえ、航夜隠れろ……!」
「う、うん!」

急いでエースの背中に潜り込んで身を縮める。
すると暫くして、遠くの方からコツコツという靴音が徐々に大きくなってこちらに近づいているのが分かった。息もひそめて、見つかりませんようにと祈りながら目をぎゅっと閉じる。

「こちらです、ガープ中将。お気をつけて」
「ああ」

ガープ中将?
誰かが言ったその名前に驚いて、びくりと思わず体を揺らしてしまうと、それに気付いたエースは窘めるように宥めるようにぎゅ、と俺を壁に軽く押しつけた。それにハッとして、再び俺は縮こまる。

「なんじゃ、思ったより元気そうじゃな、エース」
「ジジイ」

エースの対応からして、間違いなく相手はガープ中将のようだった。俺は状況も一瞬忘れてものすごくガープをこの目で生で見たいと思ったが、ここで身を乗り出せば悲惨な状況になることは簡単に想像できたので必死に好奇心を殺し続けて、代わりに耳を澄ませた。
内容は漫画で読んだものとほぼ一緒だったが、そういえばさっきのセリフはちょっと違ったなとハタと思う。
ラストまで知っている身としては、ガープの「立派な海兵になってもらいたかった」という言葉がズシンときて涙ぐむ。犯罪者の、子供だからこそ。自分の子と思うからこそ。
もしエースが海兵だったとしたら、エースは処刑なんてされずに済んだんだろうか。

「おれのオヤジは……"白ひげ"一人だ…!」

心臓が痛い。もしかしたら重いのかもしれない。
そんな心地を感じながら、エースの覚悟の滲む言葉を間近で聞く。
しばし無言の時間が流れて、ガープは諦めたように重いため息をついて、小さく別れの言葉を言って立ち去って行った。
ガープの気持ちを思うと辛かった。本当に大切に思っているんだ。じゃなきゃわざわざこんなとこまで来ない。そうじゃなきゃ、処刑台の上、みんなが見てる前で泣いたりなんてしない。その状況を思い出して、また俺は泣きそうになっていた。


「……行ったぞ」


その言葉に小さく何度も頷きながら、徐々に近づいてくる処刑の足音に恐怖して思わずそのままエースに抱き着いた。
僅かに息を詰める音が聞こえて、少し間を置いた後、息を漏らすように笑った。

「なんだ、また怖かったか?」
「ちが、違ぅ……」

ぶんぶんと背中に額を付けたまま何度も首を横に振る。怖かったけど、見つかることが恐かったのでは当然なくて。
ガープが来たという事は、エースの処刑は、もう。
このまま俺、何もできないの?
俺がいて変わったことなんて、ガープのセリフが少し変わったくらいだ。それだけだった。
他には、何も。日程なんてもちろんずらせないし、白ひげだって止められないし、処刑を取りやめさせることもできない。俺、何もできない。寝ても覚めてもエースとは一緒にいるのに。


「なあ、出てこいよ航夜」


すぐに、「そのままでもいいけど」という言葉を悪戯っぽく言いながら、その優しさに笑って俺はもそもそと回り込む。

「なんだ、やっぱり少し泣いてるじゃないか」
「な、泣いてないもん……」

俺の分かりやすい強がりに楽しそうに噴き出して、優しい表情でまた俺を見つめるエースに、わずかに顔が赤くなる。
見つめられていることもそうだったし、分かりやすい強がりなんてとうに見破ってしまっている事も、照れくさい要因だった。


「ここ、来いよ」


そういいながらエースは座っている足を僅かに揺らして示した。
まさか、膝の上に座れと言っているのだろうか。
全身真っ赤になるような状況なのに、俺はさっきの事が精神的に相当こたえていたようで、そんなエースの優しさに付け入るように正面から座り込んで抱き着いた。だっこちゃん人形みたいな、そんな感じだ。けど、全身余すと来なく密着して、ぺとりと顔の片側を付けると聞こえたエースの優しい心音に安心していた。

「赤くなるかと思った」

物凄く意外だというように呟いたエースに今度は俺が噴き出して、怪我が痛くない程度にほんの少しだけ抱き着く腕に力を込めた。

「今は離れたくない」
「……甘ったれ」
「……ごめん」

甘ったれはやっぱり嫌いかな。エースは優しいからつい甘えてしまうけど、もしかしたら鬱陶しいって。思っているかもしれない。1つ、2つ、3つ。エースの心音を数えて、体を離す。
無理にでも笑顔を作ってエースを見た。

「ごめん、離れる」
「離れなくていい」

いつかも聞いたセリフを、再びエースは口にした。
驚いてエースの顔をまじまじ見てしまう。真面目な真摯な顔をしていてその真剣さにどきりと心臓が早鐘を打つ。鬱陶しいんじゃ、ないのかな。いや、きっとそうだ。エースは動けないから。心臓はドキドキとうるさいのに、割れそうに痛かった。
じゃらん、とエースを繋ぐ鎖が揺れて、思わず見上げる。


「……そっち、行くか」


その短い言葉が何を指すのかは俺と、エースだけが知っていた。
エースからそう言ってもらえて嬉しかった。
エースの顔を間近で見上げながら、俯いて頷く。また鎖がじゃらんと鳴ったが、今度は顔を上げなかった。
ぴとり、とまた顔の側面をエースの体につけて抱き着いて目を閉じる。

エースからそう言ってもらえて嬉しかった。
嬉しかったのに、悲しかった。




***




俺達は二人そろってベッドの上目が覚めた。
本当に一晩一緒に眠りについたかのような気恥ずかしさでお互い少し照れくさく笑った。

「……おはよ」
「……おはよう」

さらり、とエースが俺の髪をあやすように梳く。気持ちよくて目を細めた。
何度か繰り返してゆっくり起き上がったエースにつられるように俺も上体を起こして向かい合う。
ちょうど目の前の高さにある、傷を覆い隠す包帯が目に留まり、そっと手のひらで触れる。

「包帯、変えないと」
「ああ、頼めるか」
「うん」


部屋に常備していた救急箱と包帯を取って、ベッドに戻る。
慎重に包帯を外して、消毒しなおしながら塗り薬を塗った。怪我の多さと大きさに、慎重にならざるを得なくて、そして何か変な予感がしていていつもの倍くらい時間を掛けた。
包帯を巻きなおして、終わり。
胸のところの包帯に手を這わせる。お互い無言だった。
何故か顔も見れなくて。
昨日までの笑っていた記憶が遠い。処刑を思えば確かに悲しかったけど、エースと話している間は何も考えずに笑っていた時間が確かにあったのに。
今は。
エースの体に這わせた俺の手に、エースの手が重なる。温かかった。


「前も、言ったけどな」
「……?」

静かに口を開くエースの顔を見上げる。
エースは俺じゃなくて俯いて、俺もそっと視線を外してまた俯いてエースの言葉の続きを待った。

「お前に、航夜に会えて良かった」
「……」
「最期に会えたのがお前で、良かった」
「…、…、」
「楽しかった」
「……っ、ぅ、」
「ありがとう」

途中から、涙が。
溢れて止まらない。
そんなの。
まるで遺言じゃないか。
そんなの。
もう死を覚悟してます、って。
もうこれで最後です、って。
言ってるようなものじゃないのか。
そんなの悲しすぎるよ。
涙を雨のように流しながら、それを拭う余裕もなく、目の前にいるエースのあいてる方の手をぎゅと握りしめる。

「やだ、最後なんてやだっ……俺、俺は、もっと、もっとエースと一緒に、ずっと!」

しゃくりあげながらとぎれとぎれ言う俺を、冷静な顔でエースは見ていて。
もうここには来ないという覚悟が滲んで見えた気がして怖くなる。どうして。寝たら、インペルダウンに戻って行ってしまうというのがとても怖かった。ずっといたらいい。戻したくない。エースを助けるためならどんなことだってするのに。

寂しそうに笑ったエースの顔を見たら、涙がさらにこみあげてきて、エースの顔さえ、これが最後かもしれないエースの顔さえ碌に見れない。

「生きててほしいよ!笑ってて欲しいんだっ……」

自分の命を諦めたみたいに笑うエースに腹が立って、それ以上に悲しくて辛くて、無理かもしれないって俺もどこかで思ってるのにそれでも諦めきれなくて。

「エースは、エースはそれでいいのか!? 家族とだって会えなくなるよ、ルフィだって、ガープさんだってっ」

俺はいい。俺は構わない。
エースが生きていてくれるなら俺はもうこれ以上は望まない。エースが笑ってくれるなら、もう二度と会えなくなっていい。生き延びたエースの隣で誰が笑っていたっていい。知らない誰かと家族になったっていい。
ただ、生きてさえくれればいい。

「なあ、エースッ、……!」

なおも言い募ろうとした俺を、エースは後頭部を手で引き寄せるように抱きしめた。
驚いてそのまま固まる。


「言うな」
「……え?」
「……ッ、それ以上、言うな……!」
「……!」


エースは震えていた。
その時気付いた。
俺は、なんて酷い事を言っていたんだろう。
どれほどの痛みを堪えて死を覚悟したんだろう。
誰とも会えなくなる事なんて、きっと一番最初に覚悟した。それなのに、俺は、自分の事だけで。
エースが死ぬのが嫌だから。その思いだけで、どれほどエースにとって苦しい事を言っていたんだろう。
俺は、バカだ。

「ごめ、ごめなさ……」
「……嫌だよ、おれだって……、みんなと会えなくなることだって、オヤジを海賊王にする夢だって、ルフィの夢の果てを見れないことだって、そんなのッ、……全部嫌に決まってるだろ!」
「ぅん……!」
「お前とだって、会えなくなる……」
「え……」

エースの力強い抱擁が、少し力が弱まって体を離される。
まさかそんな、奇跡みたいなことを言ってくれるとは思わなくて、驚きと感動で頭が真っ白になりながらも近い位置にいるエースの顔を覗き込む。辛そうな、苦しそうな顔をしていた。
その顔が。


「……!」
「……、もっと早く会いたかった」
「エース……!」


エースが俺の唇に落としてくれたのは紛れも無く愛だった。
直接的な言葉は何も言わなかったけど、それは、確かに。
今度は俺からエースに抱き着いて、どうしようもない現実に打ちのめされるばかりの俺達は世界にたった二人しかいない心地のまま抱きしめあって泣いていた。



***



きっとどんなに修業しても、眠気には勝てない。
さっきまで子供みたいに泣いていた事も原因の一つなのかもしれないけど、吸い込まれそうな眠気に勝てる気がしない。
眠気で首がかくかく揺れてしまいながら、それでも眠りにつきたくなんてなくて必死に奮い立たせていた。寝たら、エースと離れてしまう。いや、寝たら結局一緒にインペルダウンに行くことになるんだろうなとは思っているけど、絶対に一緒に行ける確証はやっぱりない。今回限りかもしれない。もしかしたら回数制限とかあるかもしれない。
これで、最後かもしれない。
思いついてしまった仮説に寂しくなって、ゆるりと首を巡らせてエースを見上げる。
隣にいるエースは、眠気なんて感じていないかのように隣で窓の外を眺めていた。


「航夜」
「ん……」
「お前に、言いたいことがある」


真面目な声のトーンに眠気が連れて行かれて、ぱちりと目を開けてエースを見上げる。
エースは窓の外に向けていた視線を俺に合わせて、じっと少し見つめ合った後、そっと逸らして立ち上がって窓に近づき、俺と距離を取った。いつになく口を挟めない空気だった。今が夜で、部屋に明かりも無くて、窓から差し込む月明かりだけという状況も、不思議な空気を作り出す要因だったのかもしれない。エースの奥に、黒い夜空と街灯、月が見えている。星は見えない。
エースの背中には白ひげのマークの入った背中が包帯に隠れている。
その背中を見つめながら、俺は言葉を待った。


「……、……。……お前なんて、嫌いだ」


何度か言葉に詰まりながら、言い辛そうに低い声でそう言った。
俺はぽかんとして背中を見つめる。


「もう二度と会いたくない。顔も見たくねぇ。金輪際俺に関わるな」
「……」


不思議と心臓は痛まず、流れる水のようにその言葉を受け入れていた。
俺は何も言わなかった。そのまま顔を伏せて自分の手のひらを見つめる。
どういう事だろうと、考える頭さえ回らない。できたのは、エースの言葉をまるごとそのまま受け入れるという事だけだった。噛み砕けもしない塊がごろりと脳を転がる。
さっきのは一体なんだったのだろう。今のが本心なら、さっきのは一体なんだったのだろう。
優しいエースを、苦しめていただけだったのか。そんなエースに甘えて、甘えて。苦しめていただけだったのか。さっきのは同情か。自分の事を好きだ好きだ言う男に夢を与えてくれただけか。それだけか。
嫌われるようなことしかしてない。自分の事で大変なのに、俺はいつも、自分の事だけで。
こうなるのも当然だった。
エースに嫌われるのも、当然だった。


「このまま、ここで寝る。それでさよならだ航夜」
「……うん」


それ以上俺は何も言わず、エースもそれ以上何も言わなかった。
窓際の床に座り込んで、こちらに背を向けるように窓際の壁に向かい合う。
無防備にさらされた背中に、今なら一発ぐらい殴れる気がしたが、飲み込まれていたのは怒りではなかったからそんな風に背中を向けられても結局自分の拳を握りしめるだけだった。
泣く直前の時のように、鼻がツンとして喉が痛む。分かってる。怒りじゃないよ。悲しいんだ。どれが本心かも見抜けない自分が。エースにずっと迷惑をかけていたこと、甘え続けたこと、望まない行為をさせてしまった事。
だから仕方ないんだ。エースにそんな風に言われてしまうのも仕方ないんだ。嫌われたって仕方ないんだ。
自分に言い聞かせても治まらなかった。何一つ耐えることができなかった。

何度も俺を守ってくれた背中に、抱き着きたくて仕方がなかった。
守りたかったのに何もできず、ただエースに逆に守られてばかりで。
このまま離れ離れになって、もう二度と会えなくなって、エースは原作の通りに殺されるだけなのだとしたら、こんな酷い話はない。すべての事に意味があるなんて俺だって思ってるわけじゃないけど、それでも"もしかしたら"を願い続けてする努力も無駄な事なんだろうか。その思いだけが胸中に渦巻いて息が止まりそうになる。窒息しそうなほどエースが好きだった。
口をついて出そうになる。
口を両手で塞ぎながら。
堪えて、堪えて。
もうこれ以上、迷惑を掛けちゃいけないんだ。
月明かりに照らされたエースの背中を見て、手を伸ばせば届く距離にいるエースを、網膜に焼き付けるように凝視して。
ぎゅ、と目を閉じる。

もう会えなくなるの?もう名前を呼べないの?もう答えてくれないの?
何も声にならなかった。何も声にしなかった。
こんなの、こんな自分の事だけ考えた思いなんて口にしちゃだめだ。
もうこれ以上負担になりなくなくて、迷惑を掛けたくなくて、嫌われたくなくて。


でも、
「もっと早く会いたかった」と言った、エースの、全て、頭をよぎって。
堪らなくなって顔を上げて叫んだ。



「ごめんエースッ!だいす、……あ」



視線が彷徨って、涙にぬれた。
もうそこには、誰もいなかった。


嗚咽を噛み殺しながらたった一人きりの部屋の中一頻り泣いた。






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2015/08/16 gauge.



OP


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