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マルコの書類整理を頼まれてからというもの、怪我が絶えなくなった。
別にマルコに何かされているわけじゃない。問題は、エースの次はマルコをたらしこんだと思い込んでいる人種だった。
マルコの書類整理は夜にある。
夕方になる前に洗濯物を取り込み、洗濯室に運んで畳んで整列させておくと、各々が取りに来る。
憂鬱な時間は、その合間に起こる。

「おい」
「?」
「あんま調子に乗んなよ」

殴られる。
蹴られることもあった。

こういう時に暗い妄想が頭から離れなくなる。
なぜここに来てしまったのかと、そればかりを考える。
成功する、はずだったのになあ。

おかげで、服で隠れる腹や背中や、足は痣だらけだった。

海賊という荒くれ者の拳や蹴りは、それ自体が凶器で、俺はそのまましばらく動けなくなる。
胃の中のものを吐き出すことだってあった。
骨折まではいかないものの、足の骨にひびでも入ったのではと思うほど晴れて血が滲んで、歩くのも辛いことだって。

早く次の島、つかないかな。

それとも。

ぼんやりしていたのも悪かった。
俺は盛大に体勢を崩した。
受け身なんて取る余裕もなかった。
襲い来るだろう衝撃に無意識に目を瞑るが、倒れたはずだったのに全然倒れてなくて。

「危なっかしいやつだよい」
「マルコ……」

後ろから抱きしめるように支えてくれたマルコを肩越しに見上げて表情を緩めた。
すると、マルコは急に瞠目して動きを止める。
どうしたのかと視線を追う。

「これは、……どうしたんだよい」

支える腕に巻き上げられた服の裾から覗く赤黒い痣だらけの腹。
俺はそっと、なんでもない事というのを強調するように服を下に引っ張って人目から隠す。

「転んだりぶつけたり、色々だ。慣れないことやってるからな」

最もらしい嘘を笑って吐いた。
顔を顰めたマルコは、服を軽く抑える俺の腕を掴み上げて服を乱暴にたくし上げる。
「あっ」と、防ごうとしたが遅かった。
横腹にも痣があったせいで、強引なやり方で身体を反転させられ背中まで。
マルコは言葉を失っていた。
痣は身体を覆い尽くしていた。背中はどうかは分からないが。
まさか家族が、と、考えてでもいるんだろう。

「……ぶつけたんだ。俺、意外とそそっかしかったみたいだ」

狭い廊下の壁に密着しながら片手を掴み上げられ背中を晒している姿はさぞ滑稽だろうなと心の中で自嘲しながら、嘲りではない笑みを浮かべる。
マルコがどんな顔をしているか分からない。
やがてゆっくりと身体をいたわるような優しさで腕を解放され、マルコと向き合った、瞬間に右手にはめていた不自然な手袋を外された。
手の甲を踏みにじられた時のものだ。
もう俺は二の句をつがなかった。ぶつけた。転んだ。それだけで十分だからだ。

「とりあえず、医務室に行くよい」
「別に必要ない。そのうち治、」
「行くんだよい」
「……」

なんか、ついてないな。
そう思いながら口を閉じる。

医務室では、思わず「マジか」とつぶやいてしまう程の勢いでマルコが俺の服を引っぺがした。
全身がほぼ赤黒く、ちゃんとした肌色は腕と足先と胸元から上という気色の悪い体に、苦しそうに顔を顰めたマルコが、ナースに治療を頼んだ。

足はやはりヒビが入っていたそうだ。
放置していたせいで炎症を起こして腫れ上がり、ひどい状態になっていたそうだ。

念のためにと杖を渡された。

医務室を出るとすぐにマルコの部屋に連れて来られた。

「何で黙ってた」

どこか怒りの滲む声音で問われた。
言ったところで、と諦めていた。
死のうとしたぐらいだ、この体がどれだけ痛めつけられようとどうでもよかった。痛いのと怖いのは確かに嫌だが、いずれ死ぬことを考えたらなんだか、そう、どうでもよかったんだ。
だって、

「死ぬから、とでも考えていたのかよい」
「……そんなわけないだろう」

呆れたように笑った。
なんだ、ばれてたのか、と思いながら。

「コノエがいるのは大部屋だったな」
「え、ああ、まあ」

実際は大部屋でさえなかった。
エースとああなってからは早々に追い出されていた。寝場所は洗濯室の、物入れの影だ。誰にも見つからないように身体を縮めて、息を潜めて。

「今度からここにいろよい」
「へ?」
「大部屋にも居場所なんてねぇだろい」

何でもお見通しだな。
どこまでばれているのかは分からないが。
しかし俺は、エースのときと同じように怖かった。何で俺にそんなに構うのかが分からない。

「そこまでしなくていい。次の島までだ。もうすぐ終わる」
「そうかい、後少しってんならここにいても問題ないだろい。ここにいた方が仕事もしやすい」

いや、まあそうだが。
強要はしていないが否定もしずらい状況だった。否定する材料も少なかったというのもある。

「決まりだ。とりあえず今日はもう寝ろよい、怪我人」
「は、早すぎ……痛っ」

横抱きにされて座っていたベッドに横にされたその上にタオルケットをかけられる。
俺の身体はどこでも痣だらけなので、背中も膝裏もどこを触られても鈍痛が走る。

「待、ちょっと待って……俺がここで寝たらマルコはどこで寝るんだよ」
「お前さんが寝てるベッドだ。そんときゃもうちょい詰めろよい」

机に向かいながら振り向きもせずに言われたが、声が楽しそうに弾んでいる。
マジでか。

「わ、わかった」


それからの日々はほぼずっとマルコと一緒だった。

朝洗濯をしているとマルコも何故か手伝ってくれ、あっという間に終わるとすぐにマルコの部屋に移動して書類整理、手が空くとマルコの部屋を拭き掃除、昼に一緒に飯、その後マルコの部屋に移動して仕事を手伝い、夕方になる前に一緒に洗濯物を取り込んで洗濯室に畳んで整列、そして部屋に戻って、夜に一緒に飯、部屋に戻って仕事のお手伝い。
一緒に寝るのももう慣れた。

ずっとマルコが一緒にいてくれるおかげで、体の痣はあれから増えることなく、すっかり肌色の方が多くなって来た。足も杖なしで歩けるようにもなった。

「……もうちょい、ってとこだな」
「はい…」

というのを、服を剥かれた俺はマルコにチェックを受けている。
何なんだ恥ずかしい。
素っ裸というわけではなく、前を開けられて、まあ下はパン一だが。

「茹でダコ」

と、赤くなった俺の顔を笑う。

「さ、仕事するよい。服着ろ」
「お、お前が脱がしたんだろ…」
「それはなんだよい、服着せてくれっておねだりか?」
「んなわけないだろ!」
「仕方ねえ甘ったれだよい、足あげろ」
「違う!自分で着る!」



**


部屋のドアノブに手を伸ばして、止まった。

「、服着ろ」
「お、お前が脱がしたんだろ…」

中から聞こえた声だ。
まるで、今まで、その。

その場にいたくなくて、走って逃げた。





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