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さようなら、くそったれな人生。


笑いも悲しみも怒りも喜びも何も感じないまま、8階だてのビルの上。
俺は飛び降りた。

はずなのにな。


「何もんだよい」

一体これはなんの冗談なんだ。



***


俺は今船の上にいる。
視線を正面からずらせば、海の地平線が広がっていた。
俺は最初、夢を見ているのかと思った。
木に縛り付けられる痛みを感じるまでは。

「ここにはどうやって来たんだい」
「……」

俺は無言で首を捻った。
今度は別の男が口を開く。

「お前はどこの所属だ?」
「……」

質問の意味が分からなかったのでこれにも首を捻る。
すると、要領を得ない俺に苛立ったのか厳つい男がダン!と床を踏み付けた。

「いい加減にしろよお前!オヤジの首とりにきたんだろうが!」
「……」

オヤジって誰だ。
カタギには見えないからその筋の船上パーティとかだったのだろうか。
そういえば同じ墨を入れている人が何人かいる。
首を取りに来たわけではないので首を横に振った。

「嘘つけ、この野郎!」
「それ以外にこの船に潜り込む理由なんてねぇだろうが!」

そんな事を言われても、俺には誰かに何かをしてやろうなどという目的は欠片もない。
ただ。
ただ、自分の事だけだ。
唯一、目的があるとすれば。
ぼんやりと地平線を眺める。今は昼なのだろうか、青い空と青い海がとても綺麗だった。飛び降りたのは夜だったのにとても不思議な気分だが。

「聞いてんのか、コラ!」
「お前の事話してんだぞ!」

その声に視線を戻して全体を眺める。
俺、殺されるのかな。
それはそれでいいか、でも痛いのと怖いのは嫌だ。
いつの間にか落としていた視線が翳った。
誰かが目の前に立ったらしく、ぼんやりと視線を上げると、男はゆっくりと警戒を抱かせない仕草で片膝をついて俺と視線を合わせた。

「なあ、あんた」

面白い髪型の眠そうな男だった。
身体の前面に髑髏の墨が入っている。この男が話し出した途端周囲がしーんと静まった事を考えると、この男は幹部なのかもしれない。

「正直に答えてくれるかい」

今までにない静かな問いだった。
隠すことは何もないのでひとつ頷く。

「お前は何もんだい」
「……普通の、会社員だった」
「だった?」
「昨日、やめた」
「どうやってここに来た」
「……」

それは、俺にも分からず口ごもる。
どう話したものかと少し考え、口を開いた。

「……俺にも、分からない」
「分からない?」
「俺は、……死ぬつもりだった。ビルの上から、確かに飛び降りた。けど、眩しい光に目を開けたら、……ここに。」

「そんな嘘が通じると思うなよ!」

周囲のヤジを片手で制して、眠そうな男は俺に向き直った。

「なら、あんたは目的があってここに来たわけじゃないのかい」
「何もない」
「気づいたらここにいただけだって?」

深く頷いた。
眠そうな男は困ったように眉根を寄せて頭を掻いて立ち上がる。

「とりあえず、オヤジに報告するよい。あんたはここでそのまましばらくまっててくれ」




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