仄暗い階段を下りきると、昇降口独特の埃っぽい匂いが近づいてきた。
靴箱に向かう途中の床は、廊下の窓から差し込む夕陽の光でオレンジ色に染まっている。
部活帰りの集団のものと思われる通学鞄が、靴箱の側面の下にまとめて置いてあった。
鞄を避けようと足元を見ていたので気がつかなかったが、私のクラスの靴箱付近に制服姿の男の子が数人立っていた。三人が靴箱付近に、そして少し離れた昇降口の扉付近に四人ほどが立っている。誰かを待っているのだろうか。
何となく気まずくて出来るだけ目立たないようにと、俯きがちに自分の靴箱へ向かう。しかし私の努力も虚しく私の靴箱の一番近くにいた一人が、私に気がついて話しかけてきた。赤い髪の、見たことのある気がする少年だ。
「なぁ、お前。幸村くん見なかったか?」
ユキムラクン?
首をかしげた私が問うより先に、少年はユキムラクンの詳細を語ってくれた。
「身長は俺より高くて、多分こいつと同じくらい」
赤い髪の少年は、近くの靴箱にもたれかかっていた銀色の髪の少年をひっぱってきて、私の正面に立たせ、丸まった背中を叩いた。銀髪の少年が背筋を伸ばして立つと、一七〇センチ半ばくらいに見えた。確かに背が高い。
「髪は黒くて、顔はすげぇかっこいい。頭に白いスポーツ用のヘアバンドをつけてたな。
服は制服……、いや、黄色いジャージを着てたかもしんねえ」
どう?と少年が私に再び問いかける。
銀髪の少年くらいの身長で、黒髪にヘアバンド、制服か黄色いジャージの生徒。心当たりはない。私は首を横に振った。
『いえ、すれ違わなかったです』
「そっか、サンキューな」
『いえいえ』
赤髪の少年はお礼を言うとすぐに、また薄暗い階段の方を見つめた。友達?が待ちきれないといった様子だ。
話は終わったので私は靴箱を開け靴に手をかける。そして、わずかにためらった。この少年は、探しに行くのだろうか。私は赤髪の少年の心配そうな横顔に声をかけた。
『早く帰った方がいいですよ。逢魔が時は、危ないですから』
「……おうまがどき? 危ないって?」
少年は振り返って怪訝そうな顔でこちらを見た。
『このくらいの時間は、出やすいんですよ』
「出るって、何が?」
今度の問いかけは下からだった。そちらを見るとしゃがんで携帯ゲームをいじくる、黒髪の男の子がいた。顔も上げずにゲームに熱中している。あ、この子は知ってる。
『簡単に言えば、《お化け》ですよ。切原君』
「お化けなんて、いるわけがー……」
切原君はこちらを見上げ目を細めて悪魔のように笑ったが、ふと何かに気が付いたかのように真正面へ視線を移した。
そして正面を見つめる彼の手元からゲーム機が滑り落ちる。私は何となく切原君の視線を追った。階段のほうだ。するとそこには、人影があった。
背を丸めて、上半身だけ壁からこちらを覗いている。ただ、その人影は、普通の人ではなかった。右目は閉じていて、一方で左目はぎょろりと見開いている。異常なのは目元だけではなく、左半身は右半身よりひと回り小さく、あるはずの頭皮と頭蓋骨は元からなかったかのように、額の部分に四半円形の脳が見えてる。首から下も半身だけ本来皮膚の下にあるはずの牡丹色の筋肉、青い静脈、そして胸元には薄ピンクの肺が、見える。これは人ではない、

人体模型だ。

指先が固まる。音が、空気が、遠ざかるような気がした。私の手から鞄が滑り落ちて、どさりと音を立てた。次の瞬間、壁から半身を見せていた人体模型は、がしゃん!と床に叩きつけられるように崩れ落ちた。大きく響いた音にびくりと私の肩が大きく跳ねた。
「どうした?」
赤い髪の少年の声。それに続いて、我に返った切原君の大声。
「さっ、真田副部長ーーーーー!!!!!」
切原君は立ち上がって昇降口の方へ上履きのままかけていく。その拍子に彼はゲーム機を蹴飛ばし、それは人体模型の方へ滑って行った。私はそれを追って、暗い階段へ向かった。
昇降口から少し離れた階段付近は、電気が消え窓も無いので、光が届かずより薄暗い。私も先ほどそこを通って来たばかりのに、何かを寄せ付けないような禍々しさや近寄り難さを感じる。妙な気配といっても良いかもしれない。
滑っていったゲーム機を拾い上げると、思いのほか人体模型の近くだった。跪いて目を凝らして、人体模型をよく見てみる。人体模型のパーツは完全にバラバラになっていた。糸や棒などの体を支えるためのものや、電気で動くための配線なんかも見当たらない。内臓はもちろん、手足もばらばらに飛び散っている。まるで、タネも仕掛けもないと自ら証明しているようだった。
これはまるでーー……

「まるで《学校の怪談》だな」


 

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