これはまるでーー……

「まるで《学校の怪談》だな」

聞き覚えのない少年の声がすぐ背後から聞こえたので、体が大袈裟に跳ねた。振り返ると、先ほどの少年らよりも背の高い少年が立っていた。切原君とは違い、落ち着いた様子で人体模型を眺めている。その様子を見ていたらなんだか私も落ち着いてきたので、ゲーム機を片手に立ち上がり、もう一度目の前で粉々になっている怪異を眺める。自分の頭を整理することもかねて、話のわかりそうな少年に確認してみる。
『……《夜に動き出す人体模型》ですね』
「あぁ。実際に目にしてみると、なるほど人間のしわざとは思えないな。怪談と語られるのも頷ける」
『あまりにも非現実的ですから、信じられず噂としてしか語り継がれないのも仕方ないですよね。こんなことそうそう起こらないです。想像すらできない事が、今私たちの前で起こってるんじゃないでしょうか』
「その意見を肯定しよう。これは類を見ない貴重な体験となるに違いない。お前もそう思うだろう?
三―Cのオカルト研究会会長、永山ちさ」
そう。何を隠そう私はオカルト研究会会長である。こんなオカルトチックな状況、大好物も大好物だ。
それにしてもどうして私の名前を。と、問いかける前に聞き覚えのある大音量が爆音のように私たちを襲った。
「あーーーーっ! 俺のゲーム!」
「赤也! そのような事で男児が喚くな!」
私の手からゲーム機が引ったくられる。いつの間にか近くには切原君と、もう一人制服の少年? が立っていた。この古風な話し方と厳しい顔は見覚えがある。たしか風紀委員長だ。
「蓮二、お前はどう考える?」
「目の前のこれについてか? それならば……」
私と怪談について語った少年が、これ、と粉々の人体模型を指差す。後からやってきた少年は首を振って吐き捨てるように言った。
「こんなものどうでもいいわ」
……えっ。
本来なら保健室にあるはずなのに、いま昇降口付近の廊下に散らばっている人体模型が、《こんなもの》なの?
「幸村が戻らぬではないか」
「そうだな。教室に行くだけでこんなに時間がかかるのは少しおかしい」
「みんなで迎えに行こうぜぃ」
「えーっ! 放課後の学校なんて気味悪くないスか? おばけとか出てくるかもしれないッスよ!?」
「なんじゃ赤也、お化けが怖いんか?」
……なんか、わらわらやってきたな。まぁいいか、私には関係ないし。
私は無言で輪を抜け出して、下駄箱に先ほど落としてしまった鞄を拾い上げ、人体模型のそばでなにやら話し合う彼らの横、更に言うと風紀委員の背後を忍び足で通り過ぎようとした。
「おい、止まれ」
なるべくこっそり歩いていたのに、私を呼び止めたのは他でもない、風紀委員長だった。
目が合うと鋭い視線が私に向けられる。私はなにも悪くないはずなのに、なぜか責められている気持ちになる。
「出口はこっちだ。どこへ行くつもりだ?」
『どこって……、具体的にはまだ決めてませんが、校舎の中をくまなく歩いてみようと思います』
「下校時刻だ。用がないなら帰れ」
えっ。ただの一生徒が普通そんなこと言う? いや、そうか。ただの一生徒ではなく、彼は風紀委員、それも委員長なのだ。困った。こんな不思議な事が起きそうな状況を放って帰るなんて、そんなこと。
「弦一郎、彼女はオカルト研究会の会長だ。先月面白い校内新聞を書いていただろう。きっと今回も面白い記事を、」
「たるんどる! 蓮二!!」
闇すら振り払えそうな怒声に、私は少しびっくりした。怖……。この人なら幽霊とかにも負けなさそう。
「いつも私情など挟むなと言っているだろう」みたいな説教をしている風紀委員長に、蓮二と呼ばれた少年は特に悪びれる様子等なく、相槌を入れながら大人しく聞き入れている。聞き入れている……? と見えているのも変な気がする。一体彼らはどんな関係なんだろう。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。困った。日が暮れる前に一通り校内を散策したい。何かあるかもしれないと思うと、オカ研の血が騒ぐわけで……。言い合いをする風紀委員長と蓮二君? から一歩離れる。よし、二人には気付かれていない。切原君もゲーム機に夢中なはず。と、ちらりと横目で伺うと、ばちりと目があった。
「なぁ、アンタ……」
「てかさー、真田」
切原君の声を遮ぎるように発せられたあの赤い髪の男の子の声が、風紀委員長を振り向かせた。また真田君の視界に入ってしまったことに、冷や汗が背中を伝った。が、意外にも赤髪の彼の言葉の続きは、私にとって不利なものではなかった。
「この子も一緒に幸村くんを探しに行けばいいんじゃねーの?」
『はぁ……』
「何を言っている? 丸井」
「ほう、それは名案かもしれない」
赤髪の彼、丸井君がピースサインを目元に当てて「だろぃ?」と笑う。
いまいち要領を得ない私と風紀委員長を前に、蓮二君が丸井君の言葉を引き継ぐ。
「オカ研の永山は、校舎に入りたい。風紀委員長である弦一郎は生徒を帰したい。
しかし、永山はただ言って聞く相手ではないだろう。弦一郎に注意されたが、今もなお足先は校舎奥を向いている。これは彼女の校内へ入りたいという強い意思表示だろう。
よってここはお互い一歩譲歩するために、《永山も我々と、精市を探すために同行する》という案を採用するのはどうだろうか。
その案を採用するメリットは三点ある。
まず一点目、永山は校舎に入れる。
二点目は、永山が我々と行動することにより、柳生あたりが案じているであろう、《暗くなってから女子生徒が一人で歩くのは、校内であろうと危ない》ということも、俺たちが同行すれば解決できる」
蓮二君の視線が、銀髪の少年の隣にいる眼鏡の少年に移る。
この人も見たことがある気がする。確か風紀委員の人だ。風紀委員の茶髪の彼は「流石柳くんですね」大きく頷いた。どうやら糸目の彼は柳君というらしい。
風紀委員の柳生君とアイコンタクトをとって頷いた後、また柳君は風紀委員長に向きなおった。
「そして三点目に、この状況は俺たちとしても、なにが起こるかわからない異常事態だ。
永山の知恵を借りたくなるかもしれない。万が一の保険になるだろう。
よってこの案を採用することによって三点のメリットが発生する。
どうだろう、弦一郎。この案を採用してみないか?」
柳君に見つめられて、風紀委員長が見つめ返す。眼光が強い。やがて風紀委員長は小さく息を吐き、組んでいた腕を解いた。
「よかろう。その案を呑もう」
「恩に着る、弦一郎」
「では早速、回る箇所と組み合わせだがーー……」
二人が打ち合わせに入る。どうやら私の校内巡回が許されたらしい。ホッとして胸を撫で下ろしていたら、笑顔の丸井君と目があった。
「よかったな、永山」
『丸井君のご提案のお陰です、ありがとうございます』
「おっ、名前覚えててくれたのか?」
『……いえ。さっき別の方がそう呼んでいたので』
「お前、正直すぎ。まぁ俺も名前は忘れてたけど」
それを言ってしまえば、丸井君も正直すぎる。
「二年の頃、同じクラスだったの覚えてる?」
『そうでしたっけ』
「ま、そんなもんだよな。そうだ! 紹介するぜぃ。こいつは俺の相棒、ジャッカルだ」
丸井君は隣に立っていた背の高い褐色肌の少年を紹介してくれた。ジャッカル君は人の好さそうな笑みで挨拶してくれた。
「ジャッカル桑原だ。よろしくな」
『永山ちさです、よろしくお願いします』
「あっちの銀髪が仁王、その隣にいる茶髪の眼鏡が柳生。
真田は分かるよな? 風紀委員長。その隣にいるのが柳。そんで、こいつが赤也」
丸井君が黒髪の少年を、親指で指す。
待ってましたと言わんばかりに、食ってかかるような勢いで切原君が私に向かって一歩踏み込んできた。不機嫌そうな彼の顔に、嫌な予感がする。
しかし今回も運よくその危機は回避された。柳君が話しかけてきたからだ。
「話し中すまない。分担が決まった、こちらへ集まってくれ」
『はい』
私は切原君から目を逸らして、柳君について歩いた。
切原君には申し訳ないけど、真田君がきっとここの団体の絶対だ。
恨まないでね。私も怪異のためだから。


「分担はこうだ。
一階は赤也・永山、二階は丸井・ジャッカル、三階は俺と蓮二、渡り廊下や周辺を仁王・柳生が担当しろ。いいな?」
「ま、順当な配置じゃな」
「ええ、文句無しの采配です」
『……』
一階かぁ。めぼしいところはお手洗い、階段、保健室……。まぁ、無いわけではない。その分担で行動しよう。私は自分を納得させるようにうんうんと頷く。
「うむ。では一八時半にここに集合だ。必ず幸村を見つけ出すぞ!」
「「「「「「「イエッサー!」」」」」」」
……ところで幸村君って、どなたでしたっけ。


 

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