『私は三−Cの永山ちさです。幸村君、あなたを助けにきました』
……あれ???

「……永山、さん?」
彼の声から警戒心が和らぎ、私は少しほっとした。幸村君が目を細める。あ、逆光で私の顔も見えなかったのか。
『そちらへ行っても大丈夫ですか?』
「いいけど……」
化学室の床が汚れてるから、まず上履きを履いてもらわないと。私はドアストッパーをかけてから部屋に入る。開かずの間から出られなくなったら怖いからね。ドアを全開にしても化学準備室は暗い。少しでも光源になりそうなものはないかと部屋をぐるりと見渡すと、窓に暗幕がかかっていた。『暗いのでカーテンと窓、開けますね』と一言断ってカーテンと窓を開ける。
埃っぽく冷え込んだ部屋に、自然の香りのする仄温かい風が舞い込む。陽は落ちたが外はまだ明るさが残っていて、ほぼ暗闇だった化学室準備室が少しだけ明るくなった。
これで幸村君も靴を履けるだろう、と彼を振り返る。思えばこの時初めて幸村君をちゃんと見た。少し部屋が明るくなった事で初めてわかったけど、確かに丸井君の言う通り彼はかっこいい。
黒い髪は柔らかくウェーブし、顎より少し短いくらいの長さだ。涼やかな目元、滑らかな頬。全てが完璧な美しさ。まるでお姫様だ。そう、例えるなら、白雪姫のよう。私なんかがこんな人の近くにいていいのだろうか、なんてつい思ってしまうくらいだ。
……ただ表情は固く強張っている。顔色も良くない。美人だからいっそう陰鬱に見える。こんなに綺麗なのに、もったいない。もし笑顔が見れたら、きっと極上に素敵だろうなぁ。
「永山さんは、どうしてここへ?」
『昇降口で丸井君達と会い、幸村君を探しているというので、ご一緒する事に。あ、そういえばこちら、幸村君の上履きではないですか?』
ご一緒した経緯が不純だったので、少々無理やり話題を変えてみた。怪談に興味があって、なんて不謹慎すぎてとてもじゃないけど言えない。
幸い不審がられることなく、幸村君は「あ、本当だ。いつの間に脱げてたんだね」と手を伸ばした。ん? 私は疑問に思いつつ、その手を取って彼を手近な椅子に座らせた。『失礼します』と一声かけて私は跪き、上履きを履いてない方の彼の足を取って上履きを履かせた。そしてその後、私はやっと気が付いた。

ん? あれ?
さっき幸村君が私に伸ばして来た手って、もしかして「靴を渡して」って事だったのでは?

「あ、ありがとう。永山さん」
戸惑いがちな幸村君のお礼が聞こえて、顔を上げる。うん、やっぱり少し驚いた顔をしている。あぁ、なんで私はこんな事を……!!
なぜあんなにもごく自然に幸村君の手を取って座らせ、あまつさえ靴まで履かせてしまったんだろう。変な子だと思われたんじゃなかろうか。いや、確かに私は普通ではないかも知れないけど……。
完全にテンパりながら、何か話して誤魔化さなきゃと口を開く。
『えぇと、そういえばお姫様が靴を落とす童話ありましたよね。白雪姫でしたっけ?』
「……シンデレラじゃないかな?」
『あっ……!!! そ、そうでしたね』
もう駄目だ……。恥ずかしさで死にたい……。
「……ふふっ」
私の頭の少し上から、降ってくるような柔らかい笑い声が聞こえた。顔を上げると幸村君が笑っていた。口元に手を当てて、堪えようとしてるけどでも笑ってしまう、そんなふうだ。こんな素敵で貴重なものを私が見てていいはずなんかない。私は立ち上がって外を見た。
空は藍色が迫って来ていた。もう間も無く、逢魔が時だろう。
早く、帰してあげなきゃ。


 

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