上履きを履いた幸村君と、化学準備室と化学室を出て廊下を歩く。道すがら幸村君になぜあそこにいたのかを聞いてみた。
「制服を持って教室を出ようとしたら、小学校低学年くらいの女の子がいたんだ。その子に「かくれんぼをしよう」って誘われて、なんだか怖くて……。どこかに隠れなきゃって思った時に、化学準備室を思い出したんだ。あそこなら鍵もかかるからね。急いで逃げ込んだんだ。でもその後なにかに強く扉を叩かれて……、姿は見てないけど凄い力だったな。そのなにかが居なくなった後、永山さんが来たって感じかな」
『なるほど、大変でしたね……。幸村君がドア越しに会ったものはなんだったのでしょう。全く予想がつきませんね。女の子については、あんまり有害ではないと思いますが……、念のため一つだけ』
「うん?」
『《幸村君、見いつけた!》』
「えっ!?」
『かくれんぼ、してたんですよね? じゃあ誰かに見つけてもらわないと。かくれんぼという遊戯の《隠れる》というのは共同体からの死を意味します。それを鬼に見つけてもらう事で、やっと共同体に戻れる、そういったものを模した遊びです。なのでかくれんぼを始めたなら、誰かに見つけてもらわないと終わりません。私が幸村君を見つけたから、もう大丈夫です』
ちょっと怖い事を言ってしまったかな、と不安になりつつ説明を終える。ちゃんと説明しないと、私が突然意味不明な事を言い始めた人みたいになっちゃうからね! 幸村君の不安を少しでも取り払ってあげたくて、私はにこっと笑ってみる。
「そっか、そうだったんだね。ありがとう、永山さん」
『いえいえ』
幸村君が控えめに、私に笑顔を返すように笑ってくれた。よかった。初めて会ったときの緊張した顔より、笑ってるほうがずっといい。こんな緊急事態じゃ贅沢だけど、出来るだけ笑っていてほしい。……まぁ、そう上手くはいきませんが。
「永山さんの方は、ここに来るまでどんな感じだったの?」
……やっぱそれ、聞いちゃいます?
私はここまで幸村君にできるかぎり気を遣ってきた。あの扉の惨状を見れば彼がどんな時間を過ごしたのかくらい予測が付くし、これ以上ショッキングな事には立ち会わせたくないし、想像もさせたくない。
でもきっと、みんなが彼を探しに校舎に入ったように、彼もみんなを心配している。変に隠したりせず、本当のことを伝えるのが一番だろう。不安は煽らないように、でも真実を歪めることなく。私は気遣い一〇〇%に、これまでのことを語った。

昇降口に現れ、砕け散った人体模型。
一階の階段で出会った、刀を咥えたテケテケ、そしてそれに立ち向かった真田君と柳君。
切原君と二人で二階に上がってジャッカル君と丸井君と合流し、丸井君から聞いた《開かずの化学準備室》の話。
手毬の音を聞いて階段に向かったら、幸村君の上履きを見つけ、二階に戻るといつのまにか丸井君達とはぐれていたこと。
そうして私は一人で化学準備室に来た事。

いっぱいいっぱいになりながら一通り説明してみたものの、自分で話しておきながらとても信じられるような内容ではなかった。むしろ、幸村君が信じてしまったら怖がらせてしまうんじゃないか。そう心配しつつ彼を見上げると、意外にも落ち着いた様子だった。
「話してくれてありがとう、大体わかったよ。永山さんも彼らのことを心配してくれてるんだね」
また幸村君が少し微笑んでくれた。私が心配してたのは幸村君なんだけど、そう聞こえたならそれはそれでいいか。
話しながら階段を下り二階につく。そういえば先ほどはぐれた切原君・丸井君・ジャッカル君が心配だ。そちらの階段を使って下に降りたい。そのことを幸村君に伝えたら快諾してもらえたので、私たちは二階の廊下を歩くことに。二階の廊下を歩いていると渡り廊下と交差する地点で、仁王君と柳生君に出会った。
「幸村君、無事だったのですね。合流できて何よりです」
「ありがとう、柳生」
「おまんが幸村を見つけてくれたんか?」
『はい。といっても場所のヒントは丸井君がくれたのですが』
「丸井君達は、どこに?」
『二階ではぐれてしまって。その場所を通って行こうとしてたんです』
「そうでしたか。ではみんなで行ってみましょう」
私達は四人で廊下を歩き出した。歩きながらこれまでの道のりについてみんなで情報を共有する。幸村君の話、私の話、渡り廊下担当だった仁王君と柳生君の話。仁王君と柳生君は今のところ、何にも出会ってないらしい。
ふと仁王君が何か思い出したように、私に何かを差し出してきた。
「永山、これを見てみんしゃい」
『はい?』
仁王君の掌に、スマホサイズの四角くて薄いものが収まっている。これは……、手鏡?
「なんじゃ、人間か」
『……。狐とかじゃなくて、残念でしたか?』
「仁王君、あなたって人は……! 失礼ですよ」
「どういうことだい?」
『鏡というのは強い呪力を持っていて、本来の姿を暴き出すことが出来るんです。私を鏡に写して、人間かそれ以外のものか仁王君は判別しようとしたんですよね。良い対応です。ついでですから、全員確認しておきましょう』
仁王君の手鏡を二人で覗き込みながら確認する。何も起こらずに手鏡は仁王君の手元に戻った。
『皆さん人間でしたね。よかったです』
「生きてる人間より怖いものはないぜよ?」
「仁王、余裕だね。見習いたいものだよ」
「《神の子》にそう言って頂けるとは、光栄じゃの」
ん? いま通常の会話で出てこないようなワードが聞こえた気がしたけど?
聞き返そうと思った時、背後から硬い靴で廊下を歩くような音がした。私達は上履きだから私たちではないことは確かだ。警戒しつつ、廊下を振り返る。
電気の消えた廊下の数メートルほど離れたところで女性は立ち止まった。グレーのジャケットにタイトスカート、黒のストッキングに十センチはあるだろうピンヒールを履き、長い茶色の巻き髪に、濃い化粧。学校にいることを除けば、一見普通そうな格好だ。ただ、女性は季節外れにもマスクをつけていた。
にっこり笑って、彼女はこう言う。

「私、きれい?」

「っそれは、」
「柳生!!」
やばい。あまりにも有名な問答。答えかけた柳生君に、慌てて仁王君が口を塞ぐ。しかし間に合わなかったようで、女はマスクに手をかけた。
「……これでも?」

マスクの下から現れたのは、耳元まで裂けた真っ赤な口だった。


『走って!!!!』
逃げる方向の私より前にいた仁王君と柳生君は、私の剣幕に押されたように走り出した。私も走り出そうとした時、隣に居る幸村君が身動きできずに、まだ女の方を向いていることに気がついた。私より一歩出遅れた幸村君の左肩を、女の右手が掴む。やばい……!
私は左手の拳を女の腕の下に差し込み、肘を支点に拳を上げる要領で女の腕を振り払う。
踏み込んだ右足を軸足にして、左足で女の横っ腹を蹴る。ヒールで足場が不安定な女は、難なく廊下の右端に吹っ飛んだ。
右向きに回転のかかった私は、そのまま立っていた幸村君の腕をとって走り出す。まだ女が立ち上がる気配はない。
『っ幸村君! 大丈夫ですか!?』
「あ、うん、大丈夫。ありがとう、永山さん」
走り始めたら幸村君の方が早い。いつの間にか幸村君が私の手を握って、私を引いて走っていた。あぁ、祟られるとか言っておきながら肉弾戦に走ってしまった……! 今回は非常事態だったし、仕方ないと言ってほしい……。
「永山さん、良い蹴りだったね。体術の心得があるのかい?」
『そういうのは! 後にしましょう!!』
私を引きずる幸村君は全速力じゃないので余裕があるようですが、私は必死なので……!!


 

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