れーくんのまわりの人たち


安室さんのシフトの時、絶対にいる、あの子。安室さん目当ての女子高生たちは彼が来てないと分かると肩を落として帰っていくけれど、あの子は外したことがない。百発百中、安室さんがいるときはポアロにやってくる。
ポアロの上の階に住んでるコナンくんと同い年ってことは知ってる。少年探偵団の皆と一緒に来ることもあるから。けど、私はあまり話したことがない。その子の対応は必ず安室さんがしているからだ。
そういえば、安室さんが突然店を飛び出していったのを見たことがある。その時は呆然と見送ることしかできなくて、すぐ後に二人が事故に合いかけたと聞いた。その子が轢かれそうになったのを安室さんが助けたんだって。
だからなのかな。
彼女、安室さんをずっと見てるの。たまに目が合うと微笑みあったりして。
危機から助けてくれたお兄さんを好きになっちゃったんだろうなぁ。かわいい子だよね。




コナンくんや哀ちゃんと同じくらい頭がいいの。百点なんてがんばらなくても取れちゃう。でも二人と違うのはね、包容力っていうのかな。たまに、お母さんみたいに優しいの。
少年探偵団にも誘ったよ。だけど、大事な人のお世話しないといけないからできないんだって。親戚の子で、弟みたいに可愛がってるんだって。写真も見せてもらったよ。あゆみ、あんなに可愛い赤ちゃん初めて見た! そっか、だからお母さんやお姉さんみたいに素敵なんだね。その子の話をするとき、とってもきらきらしたお顔で話すの。聞いてるあゆみまで嬉しくなっちゃうんだ。
赤ちゃんの肌の色、どっかで見たことある気がする、って思ってたの。気付いちゃった! ポアロの安室さんとおんなじなの! 安室さんと親戚なの? って聞いたら、まあそうだよ、って。安室さんと、なまえちゃんと、赤ちゃんは血が繋がってるんだね。




ある日を境に子供らしからぬ言動をするようになった同級生。けれど灰原や俺と違って、幼い頃から世話をしていた両親はいる。過去に怪しい所はなく、薬で子どもになったわけではなさそうだ。
ある日、というのは安室さんと出会った日だ。初対面のはずの安室さんと、トラックを命からがら避けた先で何か言葉を交わしていた。それからだ、安室さんがあの子にべったりになったのは。発言からするに、安室さんはペド野郎だったようだ。生まれる前から、なんて聞いたこっちがそう思うのも無理はないと思う。
蘭達と出掛けた先で安室さんと二人でいるところに遭遇したときは驚いた。俺が影で殺人の証拠集めをしている時に、容疑者の一人が近付いて来た。やべえ、と慌てて隠れようとしたとき、通り掛かったその子が大声で泣き出した。容疑者はその子を安室さんがいるところへ連れていった。けろりと泣き止んだその子をおいて、安室さんが近付いて来た。ねえさんから聞いたよ、何か気付いたのかい。てっきりねえさんを泣かしたのは誰だと大騒ぎすると思っていた。泣き真似が得意なのは灰原と同じらしい。
安室さんがどうしてふたまわり以上も年下のその子をねえさんと呼ぶのかは、聞いてはいけない気がしている。




毛を逆立てた猫みたいにこちらを威嚇していた彼が、電話に出た瞬間に表情を蕩けさせていた。見ているこちらが痒くなるほど甘い声で、ねえさん、と呼ぶ姿。電話の相手に興味が湧くのは当然の事だろう。
もちろん、本人に聞いたところで彼が答えるはずもない。探偵少年が知り合いのようなので、言いくるめて話をする機会にこぎつけた。沖矢昴としてだ。安室さんの逆鱗だから触らない方がいいよ、と苦言を呈されたが。
さて、その彼女というのは、探偵少年と同じ歳の子供だった。「ねえさん」と言うくらいだから、てっきり彼よりも歳上だと思っていたのだが。しかし、その思考や振る舞いは探偵少年と同じくらい……いや、彼以上に大人びている。
愛おしげに目を細めながら彼のことを話す表情に、悪戯をしてみたくなった。
「彼に女性を紹介しようと思うのですが、どうでしょうか?」
「ええ、良いと思います。沖矢さんならいろいろと伝もあるでしょうし、れーくんにぴったりな人が見つかるでしょう」
にこり、と笑ったその顔に他意は含まれていない。他の女に取られてしまうと自覚すれば、執着を露にすると思っていたのに予想外だった。
「彼が他の女性と結ばれても構わないと?」
「もちろんですよ。私は彼が幸せになってくれるのが一番なんです」
でも、と彼女は頬に手を当てる。
「彼本人が望んでいないのに縁を結ばされそうになったら、私はそれを妨害します。それが世間一般に理想的で申し分ない女性だったとしても、です」
あくまで口元の笑みは崩さないまま、目を伏せて淡々と述べる。
ぞくり、と震えたのは、愉快か畏怖か。
本人が望むはずがない。彼は一等彼女に入れ込んでいるのが傍目にも分かる。
「あ、でも私が聞いていたことは彼に言わないでくださいね? きっと怒るので」
そして彼女もそれを理解しているのだろう。彼は彼女から離れる気がない。
……これは、有り体な執着よりよっぽどタチが悪い。
彼が離れていっても構わないと思っているのは本心だろう。だが、彼がそれをしないことを彼女は知っている。
自分の所有物だとひけらかすこともしない、追い詰めて囲うこともしない。だが、彼が「幸せ」だと思うならば、その身を差し出す覚悟はとうにできている。
俺は馬に蹴られたくはない。無闇につつくのはやめておくことにしよう。
そう伝えると、そうですか、と残念そうに肩を竦めていた。






これはしばらく前の話だが、写真を見せてもらったことがある。その日は連日連夜家に帰ることもできずに疲労がピークに達しそうになっていた。上司も例に漏れず酷くやつれた顔をしていた。小さく溜め息をついた彼は、懐から一枚の写真を取り出した。きつく寄せられた眉間が、少しずつ弛んでいく。好奇心が顔を覗かせそうになったが、個人情報を聞くのはどうか、と声を掛けるのを躊躇った。しかし、先に口を開いたのは降谷さんだった。見るか、と写真を寄越される。
その光沢紙に印刷されている被写体は女性だ。その笑顔は、撮影者に向けられている。そうとわかるほど、甘く、嬉しそうに綻んでいる。やわらかそうなソファーに身を預け、こちらに手を差し伸べるその様はきっと「おいで」と撮影者に声をかけているのだろう。女性から撮影者に対する愛情があたたかく伝わってくるような写真だった。思わずこちらの胸まで高鳴ってしまうほどに。
降谷さんにとって余程大事な写真、いや、大事な人なのだろうに、こうも簡単に他人に見せてしまってもいいのだろうか。
「僕の弱味にはならない。彼女はもうこの世にいないからな」
ぴしりと固まった手から写真が抜き取られ、また懐へ仕舞われる。休憩は終わりだ、と歩き出した降谷さんに我に帰りその背を追った。

そして現在、降谷さんの潜入先ではないカフェで、女児……いや、少女とお茶をしている。緊張で水にも口が付けられない。
降谷さんからこの少女の確保、もしくは保護、あるいは監視を言い付けられたのだ。どうしても手が離せない案件がなかなか終わらず、あと30分で終わらせると降谷さんは息巻いていた。ちらちらと腕時計を見るが針はいっこうに進まない。
降谷さんはここ最近、週末は夕方に帰りたがるようになった。そのために仕事は激務になっている。降谷さんのチェックまでに書類が完成していないとプレッシャーが凄まじい。若干の皺寄せがこちらに来ている。
その原因がどうやらこの少女らしいということは察することができた。
彼女の紅茶が運ばれてきた。彼女はミルクだけを入れてティースプーンでくるりと混ぜる。カップを持つ前に、口を開いた。
「えーと、風見さん。よかったら、降谷さんが普段どうしているのか、教えてくれませんか」
やけにカップに口をつける仕草が様になる少女だった。コナン少年と同じくらいだろうに、大人びている。その年で砂糖を入れずに紅茶が飲めるのか、親戚の子供は甘い炭酸飲料ばかりを飲んでいた記憶しかない。
本来なら子供相手でも迂闊に口を滑らせてもいいことではない。しかし、彼女の相手をしていろと厳命されている身としては従うしかなかった。守秘義務に反しない範囲で、降谷さんの普段の様子を。
それがまた、嬉しそうに耳を傾けているのだ。ある時は懐かしむように、噛み締めるように。俺が拙く綴る言葉に、こちらを通していとおしそうに降谷さんを見ているような、やわらかな視線。
僅かな既視感があった。そういえばこの容姿は、どこかあの写真の女性に似ている。娘か、と問うが静かに首を振られた。血の繋がりはないと言う。
「ねえさん!」
「れーくん、おかえり」
戻ってきた降谷さんが少女を抱き上げる。お疲れさま、僕がんばったよねえさん、うんうん早く帰ろうねぇ。見たことの無い上司の姿に疑問符が飛ぶ。
いや、それよりも。その少女の表情は、降谷さんを呼ぶ度に、いとおしげに、甘く綻び。
まるで、写真の女性のような。
「ありがとうございました、風見さん」
謎のピースがぱちりぱちりと嵌め込まれる。
「降谷さん! 彼女は……っ」
「ご苦労だった、風見」
詮索は不要だ、と冷たい視線に射抜かれた。未完成のパズルは途端に霧散する。
いや、まさかな。

降谷さんが懐から取り出して眺めるのが写真から押し花に変わっていたのは余談だ。

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