思い出を枯らせて 0
「来週、予定は空いてるか?」
日本は冬。寒さが殊更に酷しくなって、ちらちらと雪が舞っている。そんなある日、承太郎が電話をかけてきた。
「ごめんね。昨日から来週いっぱいまで日本に出張で、帰れない」
私も承太郎もアメリカに住んでいる。私は財団に勤め、承太郎は大学に通っているからだ。
「……そうか」
承太郎は私が出張だと聞いていたはずだ。日本にいる私に財団を通して連絡をしてきたのだから、私の予定は耳に入っているだろう。 しかし私の言葉を聞いた承太郎は落胆と、いくらか拗ねているような声色で返事をした。
「その後ならすぐに帰れるから、もう少し待ってて、ね?」 「ああ」
決して少ないとは言い切れない、DIOの手下。その残党の情報を掴み、はるばる日本まで飛んできた。 今回は予定より早く尻尾が掴めて迅速に処理することができた。ジョースターの血統に尋常でないほど執着と怨恨があったようだから私もつい熱くなってしまった。彼らに何かをされる前に対処できて本当によかった。
一仕事を終えて空港へ向かう町の途中で、やけに人が多いことに気が付いた。心なしかカップルらしき男女が多いような。 煌々と光る電飾や、樅の木の飾り、赤い服の老人の格好をした店員。 日付を確認する。 幸か不幸か。今日は、12月の大イベント、クリスマスの二日前だとやっと気が付いた。
先週掛かってきた電話を思い出す。承太郎は、クリスマスくらいは私と過ごそうと考えてくれていたのだろう。けれど、出張だから仕方なく諦めたのだろう。 そういえばこれまでのクリスマスもどんな形であれ承太郎が一緒にいた。家に招かれて彼のご家族と共にパーティーをしたり。
それなのに私は仕事に没頭するあまりクリスマスを忘れてしまっていた。お互い忙しくなって会う頻度が減って、電話だってあれが久しぶりだった。承太郎を落ち込ませてしまった。それはなぜだか、私まで辛くなってしまう。 空港へ向かう足を速めた。そんなことをしたって飛行機の出る時間は変わらないというのに。その途中で、小さな商店街の前を通りかかった。ふと光を反射したそれに、視線を奪われる。
イルカのブローチだ。軒を連ねる店のひとつに、それが並べてあった。 イルカが二頭でハートの形をつくっている、かわいらしいもの。 しかし私は、彼に似合うだろうと思ったのだ。可愛さとはまるで正反対のはずの、いかつくて男らしい、誰よりも格好いい彼に。 そのブローチが気になってしょうがなくて、結局買ってしまった。綺麗にラッピングもしてもらった。 これはクリスマスプレゼントだ。クリスマスを忘れていた謝罪も込めて、承太郎に渡すと決めた。 彼は喜んでくれるだろうか。
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あの時私が受けた仕打ちなんて知られたくなかった。彼の薬指の指輪の存在なんて知りたくなかった。 ずっと、ずっと好きだった。だからこそ子供の様に我儘を言って奪い取り独占することなどできない。伝えずともわかりあえた、その惰性は決定的な証を手に入れる前に崩壊した。 私が自らを守るために影で覆った彼の姿。 その全てが脳裏によみがえって、私は頬を濡らしていた。 思い出さないほうが、私は幸せでいられたのだろうか。 過去の私が知らない、白いコートの承太郎が目の前にいる。
彼の右胸、襟の下。 その場所に、イルカが二頭寄り添っていた。
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35巻から37巻の承太郎がつけていた飾りのことです。
行方不明になる前の、クリスマス数日前の話。二人は付き合っているとか、そういうのはありませんでした。 戻る
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