思い出を枯らせて 3
承太郎が足を向けた先は若き漫画家、岸辺露伴の家だ。彼のスタンド“ヘブンズ・ドアー”は人間を本に変え、読むことができる。本人はその能力で相手の人生を読み漫画に生かしているようだが、承太郎はただ読ませるために行くわけではない。
『どちらさまですか?』
承太郎を見てそう言い放った彼女の声はとても冗談には聞こえなかった。そして見知った人間を映す眼ではなかった。 しかし人違いなどではない。ジョセフの名に反応したことや確認した名前、そして承太郎が見間違うはずの無い彼女の容姿。彼女はなまえ本人だ。少なくともSPW財団の名前に信用がなければ、今のように承太郎について行くことはないだろう。 そう、間違いなくなまえのはずなのだ。しかし、数年会わなかっただけの承太郎を知らないかのような振る舞いを見せている。
承太郎は仮説をたて、すぐに実行に移すことにした。 おそらくなまえは記憶障害を起こしている。財団やジョセフの名を理解していることから、忘れているのは限定された部分だけなのかもしれない。ならばその範囲は知るに越したことはないし、質問するよりも直接覗いた方が早い。つまりなまえの記憶を取り戻す手伝いを岸辺露伴にさせようというのだ。人を本にするとプライバシーもへったくれもない部分まで読めてしまうのだが、それは承太郎の知るところではなかった。
露伴は玄関で承太郎となまえの姿を見て首をかしげた。 客間になまえを待たせ、別室で承太郎と露伴は隠れるように扉を閉めた。
「彼女は何者ですか」 「俺の古い友人だ。数年前に死んだはずだった」 「生きているじゃあないですか」 「それが俺にもわからない。だから先生、あんたの家に来た」 「ははぁ、僕に読ませようってことですね。本人は何と?」 「……恐らくなまえは記憶の一部をなくしている。俺の顔を見ても誰だかわからない様子だった。何があったか、本人に聞く方法もあるが今のなまえにとって俺は知らない人間だ。事細かには話したがらないだろう」 「まぁ僕は承太郎さんの頼みなら断りません。面白い話も読めそうだ」
後者が本音なのだろう、はじめは訝しげだった露伴の表情はにやりと愉しげに歪められていた。
『久しぶりの日本、杜王町』 『友人に「まだ結婚しないの?」と言われた。余計なお世話!』 『今日のランチはどこで食べようかな』
ぱらぱらとページをめくり、目当ての内容を探す。
『上司の顔、どこかで見たことがある。誰だっけ?』 『社員寮に住むことになった。仕事場近いしいいかな』 『この辺りって交通要所少ないから不便』
めくるたびに記述は過去のものになっていく。
『痛い』 『はやくここを出たい』
「…! 先生」
仕事など日常の話から一変した文章が承太郎の目に留まる。腕部分のページに目を通していた露伴も承太郎の見つけたページを読んだ。 『エジプトへ行ってから二年経った』 『行方不明者の調査に行くことになった』
その文章はなまえが行方不明になった日から始まった。 戻る
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