落涙ピックアップ


“彼”が戻ってこない。


あのメモに書かれていた【ごめん】の内容が、僕を責めるものでないことはとても驚いた。罵倒されて、それこそ、出ていかれてもおかしくないことをしてしまった。ただ、誤りかった。あんなこと、したくはなかった。あんなことで、踏み出してはいけなかった。
床に寝転んでみれば、奇妙なほど冷たくて、部屋の中は僕の呼吸以外音がしていない。それは、とても気持ちが悪かった。目を閉じる。伺うように、肩に触れる手が恋しかった。
雨が降り始めている、音がした。


そして、僕は夢を見た。


奇妙な夢だった。
僕が部屋を出ると、外は森林公園になっていた。人はまばらに歩いていて、その誰もが顔がなかった。僕はペットのコクワガタを片手に散歩をしていて、目を離したうちに見失っていた。どこに行ったんだろう。すごく弱いから、あっという間に死んでしまう!と焦る気持ちで探していると、あたり一面にヘラクロスオオカブトが飛んできた。彼らはとても強い。あっという間にコクワガタなんて倒されてしまう、泣きながら探していると手伝ってくれる誰かがいた。その人が誰かはわからない。顔がなかった。ただ、「大丈夫?」と言いたげに心配していくれた。
奇妙な夢だった。
僕が部屋を出ると外は山になっていた。ヘリコプターが高く飛んでいて、それでも風一つなく木々は揺れていなかった。僕は女の子の遺体が見つかったという場所に立っていて、犯人がそのままベルトコンベアで運ばれて来るのを眺めていた。かわいそうに、と思いながら僕はその墓穴の中で寝ていた。その上から土が降ってくる。柔らかくて、息が詰まっていく。怖いというよりはこのまま、きっと虫に代わっていくのだろうかと、あまり虫が好きではない僕に珍しく虫のことばかり考えている。きっと昨日どこかの本で見たことを覚えていたのだろう。魂は虫の形で飛んでいく、と。
わずかに垣間見える空は底抜けにきれいで。ああ、空がきれいだな、なんて思っている。ふと一人だけだと思っていた墓穴は実は二人用だったようだ。誰かが隣に入って一緒に横になった。いったい誰だろう、と思っても顔はわからない。スコップを持った姉さんは、ニコニコと笑いながら、僕を生き埋めていく。大丈夫、というように誰かが手を握ってくれる。それがいったい誰なのか。顔はわからない。
奇妙な夢だった。
実家の和室の天井。見慣れた木目を見上げている。少し、重たい布団と熱い体。少しでも身じろぎすれば、体が痛くてたまらない。周りを見渡す。いつもいる姉も。親も。誰もいない。げほげほと咳をして、途端誰もいないことを実感した。布団から這い出ると関節が痛かった。居間へとつながっている襖を開ける。そこは、自室だった。実家の部屋ではない。一人暮らしを始めた、自分の部屋。
そこでは、首のない人が一人。ソファーに座っている。よく見ると。自分が彼の膝を借りて、足をソファーの外へ投げ出して眠っていた。撫でるように、彼の手が僕の頭を撫でる。と、ローテーブルの上に生首が置かれていた。顔はよくわからない。だが、その首だけはくすくすと僕を見て嗤っている。

“ずるいよな、”



目を覚ました。奇妙な夢だった。
夢なんて、いつだって意味をなさないもので、正直いた夢のことなんて覚えていることがまれだ。けれど、けれども。目をこする。ああ、そうだ。この部屋で居続けることじゃない。居続けて、待つだけで話は前に進まない。


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