ちりん、と鈴の大きい音が一つ鳴る。

だが、公園の中にはカラ松たち以外何もいない。ただ、明るく地面を照らす街灯が、余計に公園に暗闇をもたらす。噴水が噴き出す音もなく、ただしん、と張りつめるような音しかない。ごくりと、ちいさくなった喉はどちらのものだったか。カラ松は手元の懐中電灯を公園内に向ける。黒い影も、何もない普通のカラ松が知る夜の公園。


「…一松の地図ってここだよな」
「うん…一松兄さんたちー、いるー?」
「大声出すな、…漆黒の闇に潜むものを呼んでしまうからな」
「しっくいの闇ー?」
「…とりあえず静かにな」
「はーい」


公園の中は、広い。が、実質見える範囲には雑木林といくつかのベンチ。小高い丘、大きな複合遊具という変わらないものだ。一松の地図のバツ印は、その中でも少し外れたところに存在している。昼間は子供とそれを連れている母親たちの目が完全に警察を呼ぶと言っていたので、あまりそのあたりを探索できなかった。さすがのカラ松でも、そのあたりは最低限わかる。
遊具の辺りを懐中電灯を向け、カラ松と十四松は別の方向を探す。襲われる可能性も考えたが、鈴の音が鳴ればすぐ集まればいいと判断した。というのも、このあたりは橋を挟んで対岸で出くわしたものに出会わないからだ。幸い、と考えるならこの場を調べるために二手に分かれるのも一つの手だとカラ松は考えた。


「何かあったか―」
「あったー!」
「え、何がだ?!」
「野球ボール!やったっペー!!」
「何でだよ!!」


思わず突っ込んだ瞬間、懐中電灯に何かの影が過る。カラ松はそちらの方へ光をむけた。浮かび上がったのは、小さな木の社だ。今にも壊れそうで長い草に埋もれているのにも関わらず、違和感を持って見つけることができたのは、存在感があるからだ。中にはち切れるほどの何かがつまっているような気配がして、カラ松は一瞬小さく息を呑んだ。さっと、過る恐怖心にすぐにここから立ち去った方がいいと本能がささやく。頭痛がするほどの威圧感。



「…じゅ、うしまつ」


カラ松は小さな声で、弟の名を呼び。そして、懐中電灯の光を社から、自分の前へずらした瞬間だった。


ちりん、と鈴が鳴るのと何かが崩れる音が重なった。
まるで、木製の何かが崩れるような、そんな音が。


(見るな、)


十四松が駆け寄ってこようとする気配を制しながら、カラ松は後ろを確認としようとする。
ちりん、


(見るな、ッ)


手が、止められない。
ふりかえりたくない、とカラ松は頭のどこかで思っているのに体が自分の思うように動かない。
足が、止まらない。
考えるのが、見るのが、聞くことが、止められない。
ちりん、


そして、懐中電灯の光が崩れた社を照らす。その周りは木屑で少し開けていて、ぬかるんだ地面が見えた。その地面は平らで、足跡一つない。が、明かりの中、何かが動いている。それは泥の上を犬のように歩いているようで、ハッハッハッと犬の呼吸のような音がする。カラ松には何もいないように見える。だが、よく目を凝らしてしまえばすぐに分かった。
ちりん、


「…あッ」


ぺたぺた、と見えない何かの足跡が泥に浮かぶ。五本指の、足跡が。それはまるで、子供の小さな手のような足跡が四足歩行しているように浮かんでいる。ぺたぺたぺたとそれはいつしか泥を埋め尽くし。荒い息の何かが、其の場に満ちる。カラ松が目を見開いた瞬間。





「カラ松兄さん…?」
「じゅうし、!?」


十四松がカラ松の肩を叩いた。瞬間、均衡が崩れた。

爆発するように何かが溢れ出し、けたたましいほどに鈴が鳴る。溢れ出した何かは二人へと悪意の塊となって、雪崩のように押し流そうとした。とっさに、カラ松が十四松を突き飛ばせたのは、奇跡にも等しい一瞬だった。立ちすくむカラ松の頭の中に、何かの息遣いがつまる。その圧倒的な質量に、めまいすら起きて。手から、懐中電灯が滑り落ちる。誰かが叫んでいる、そんな声と何かに押しつぶされるように、カラ松の意識は途絶えた。最後に見えたのは、知らない生き物の白く濁った目玉と奇妙に捻じ曲がった四肢、そして、大きな牙だった。





・・・・・・・
・・・・



「カラ松兄さん!」


思い切り突き飛ばされた十四松が飛び起きるのと、カラ松は倒れていた。とっさに駆け寄ろうとしたが、寸前のところで止まったのは十四松の足を何かが掠って行ったからだ。生暖かい人肌のような感触に、危機感のない十四松とはいえ背筋が凍る。見えない何かがいる。
がさがさ、と近くの草むらが揺れている。
近くに、いる。


「あ、わわわ、あぁああ!?」


その気配から逃げるように、十四松はカラ松のところまで駆け寄ると懐中電灯を片手にそのまま兄を肩に担いだ。そして、弾かれるように遊具の上まで登りきる。複合遊具だったそれは、高い位置についている滑り台へつながるようにいくつかの梯子がついていた。どうやら、何かは梯子を使って上へと登ってくることができないらしい。
ほっ、と十四松は安堵の息を吐いた。そして、担いだカラ松を見る。


「兄さん、…カラ松兄さん、ねぇってば!」


ゆすっても、カラ松は起きない。息はしているが、完全に気を失っているようで十四松は心細さに背筋が冷えるような気すらした。遊具の周りからは、何かが歩いているようながさがさという音があふれている。鳴り止まない鈴と一緒に不快な音を奏でているその何かが、遊具を取り囲んでいる気配はなんとなくだが十四松も感じていた。どうすればいい、どうすれば。きょろきょろと周りを見渡した時だった。

ガァン、と何かが梯子にぶつかる音がした。再度ガァン、と言う音とともに今度は滑り台自体が大きく揺れる。ガァン、と柵が。

十四松が小さく息を呑んだ時だった。



にゃお、と小さな声が聞こえた。
その声の方を見ると、一匹の猫がいた。公園の入り口の辺りだ。十四松はその猫が記憶の中にいることを思い出す。灰色の体に、赤いリボンを付けたその猫。


「あ、一松兄さんの!」


にゃお、と再度十四松を呼ぶように猫は鳴いた。それはまるで、こっちに来いと言っているような感じすらした。
あの猫が生きていないということは、消えた姿をカラ松と一緒に見ているから十四松も十分知っている。だが、黒い影や遊具の周りを取り囲む何かと違って、十四松にはあの猫が悪いものだと思うことはできなかった。
猫を信じるか、ここにとどまるか。
再度、ガァンと音がした瞬間。十四松はカラ松を背負うと背中とカラ松の間にバットを落ちないように入れてそのまま滑り台へと一歩足を向ける。腰を落とし、しっかりと足に力を入れる。そして、力いっぱい踏み出した。



「おおっぉオおおオオオオーーー!!!」



金属板を高らかに鳴らしながら駆ける、滑り板の上を駆ける、そして、大きくその勢いのまま―跳躍。十点満点の着地のまま、溜めを作らず猫の方へと駆け出した。距離はさほど遠くない。しかし、後ろから何かが追ってくる。気配は容易に距離を詰めたが猟犬に追われる兎のように振り返らず、ひたすら前へ。十四松は疾走する。

その首筋へ見えない獣の牙が迫る。は、と十四松が振り返るのと、意識を取り戻したカラ松がその間へとっさに腕をねじ込むのはほぼ同じだった。


「っぐ!?」


何かが、肉を抉ろうとする。痛みにうめきながら、カラ松はポケットの塩を掴み、振り払うように投げた。当たったのだろうか、少し力が弱くなった。公園から転がるように2人が飛び出すと、追ってきた気配は公園から出られないようで、カラ松の腕にかみついていたものも公園へと踵を返していった。



「にいさーん!!!腕!腕、腕うである!!ちゃんとありますか―!?」
「ああ、安心しろ。血も出てないから…ッ」



血すら滲んでいない袖をめくったカラ松の目に飛び込んできたのは、黒く変色した自分の腕だった。まるで墨でも塗ったように、色が変わっているが何度握っても痛みひとつ感じない。何度拭ってもとることができないそれに、少しだけカラ松の背筋が冷えた。
と、オォオンと犬が遠吠えするような音が公園から溢れ出す。振り向いた二人の目に飛び込んできたのは、自分たちをさっきまで追っていたものの姿だった。そう、それはまるで犬の型に無理やり融かした死人をあてはめたような奇妙な生き物。それらは公園を埋め尽くすように溢れていて、その眼は確かに二人を見据えていた。

にゃあ、と二人を急かすような猫の鳴き声に2人は弾かれたように公園から遠ざかる。一松の地図の印はあと一つ。消え入りそうな猫の姿を先導に、二人は歩く。
最後の目的地。もう少しで取り壊される山の神社へと。

5   〜公園



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