一松の地図は、フリーハンドで書かれたもので歪みながらも家の近所を書き表していた。その地図の大半に付けられていた丸印は、場所から見て猫がよく集まる場所らしい。そのうちのいくつかは、十四松も行ったことがあるといっていた、何の変哲もない路地だ。
だが、そのうちのいくつかにバツ印がついていた。濃く描かれたソレは、何か意味があるのかわからなくて昼の内に尋ねてみたがなんてことのない場所だ。薄暗い中に猫が数匹いるぐらいで、一松の姿もない。
しかし、夜に来ると雰囲気がまるで違う。繁華街を過ぎて、閑散としたシャッター街。閉鎖してテナントの入っていない雑居ビルとビルの間。街灯がなく、光源は月だけ。懐中電灯を向けても、通り抜けができる路地と思えないほど奥までは見えなかった。


「一松にいさーん、いるー?」
「あ、おい待て十四松!」


一人で先に進もうとする十四松を引き留め、カラ松は懐中電灯を握る手を強めた。
一歩踏み出す。
2人で通るのがやっとな路地だ。急に何かがあっても引き返すことはできない。


「何かあったら、すぐ言え。十四松」
「うん!兄さんも何かあったら言ってねー」
「ふ、これもまた松野家に生まれたものに課せられた試練……ホあァアッ?!!」
「カラ松兄さん、それ猫だよー」


急に降りてきた影にカラ松は悲鳴を上げる。が、なんてことない。懐中電灯の明かりを向けた先にいたのはただの痩せた猫だ。灰色の体に赤いリボンがついていて、飼い猫なのかもしれない。猫は小さく首を傾げたように、カラ松たちへとお腹を見せる。


「一松兄さんの友達猫かなー、かっわいー!」
「みゃー」
「ったく、警戒心が足りないぜ。小さなカラ松Girl」
「みゃー」


カラ松が手を伸ばすと、ひゅ、っとその手をすり抜ける。そして、路地の先へと駆けて行ってしまった。


「あーあ、逃げちゃった」
「あのGirlに触れていいのは一松だけってことだろ」
「それもそっか!」


ふ、と2人が安堵の息を吐き出す。そして、また一歩出口へと歩き出した時だった。
ちりん、と鈴が鳴った。
また、一歩。ちりん、ちりん。
小さく鳴り響くソレの音に混ざるようにカラカラとバットを地面でこする音がする。


「おい、十四松。鈴かバットどっちか音が鳴らないようにしないと近所迷惑だぞ」
「え、」


十四松は自分のポケットに入っているはずの鈴を抑えた。そして、これをくれたトド松の言葉を思い出した。

(にいさん、これね。女の子たちに教えてもらったんだけど、魔よけの鈴なんだって。危ない奴が近づいたら教えてくれるっていうんだけど…ま、中に玉入ってないからうるさくないし、あげるよ)


カラカラという音は十四松の耳にも入っていた。そして、その音が自分の後ろから聞こえてくることも。



「か、カラ松兄さん…」


ちりん、ちりん カラカラ


「なんだ?」


ちりんちりん カラカラガラ


「俺、トド松からもらった鈴、玉無いし、バット…担いでる」



「……えっ?」




ちりんちりんぢりんちりんぢりん
ガラガラガラガラガラガラっガッガッガ


割れんばかりの鈴の音。それに混ざって、二人の後ろから何か固いものを引きずる音が迫る。
その音に弾かれたようにカラ松と十四松は走り出す。脱兎のごとく、全力疾走で、だ。捕まれば、どうなる?考えている暇があれば、足を動かせ。そう言い聞かせながらげほっ、と苦しさでカラ松がむせた時だった。後ろで、「うわっ!?」っと声が上がる。そして、どさっと重たいものが倒れる音。
嫌な予感がカラ松をよぎった。


「十四松ッ!」


カラ松が振り返る。そして、懐中電灯の明かりが転んだ十四松を照らす。そして、鉄材を振り下ろそうとしている黒く焦げた人影が、見えた。一瞬でも遅れていれば、十四松にぶつかっていた。そうなればきっと、ただでは済まない。

カラ松がポケットに手を伸ばし、中のものを掴み、投げつけたのはとっさの判断だ。台所から持ってきた食卓塩。瓶の中身をいくつかの袋に分けておいて正解だった。十四松もろとも塩をかけてしまったが、影に当たるとあっけなく消えた。からん、と持ち手を失った鉄材は地面に落ちる。


「うわ、カラ松兄さん!しょっぱ!しょっぺー!!」
「大丈夫か!?」
「うん、へいきー!誰かに足掴まれたんだー」


ぱらぱらと塩や木片といった転んだ時の汚れを払いながら、立ち上がる十四松の足首にカラ松は目をやり、血の気が引いた。
どれだけの力で握られたのか、真っ青を通り越して墨でも塗ったように手形がついている、しかも、一つの手だけじゃない。小さな子供の手から、明らかにおかしい長さの指の痕までいくつもついている。


ちりん、


小さく鈴が鳴る。


「早く抜けるぞ、十四松!」
「おう!」


にゃあん、とどこかで猫が鳴いた。

ばっと、路地から飛び出したカラ松と十四松は一息つくと自分たちが抜けてきた場所を振り返る。何もない。なのに、何かに狙われているような気味の悪さが離れない。


「は、走った―!気持ちわるッ!」
「もう、ごめんだぜ。こんなスリルはよ…ッ!」


息を整えて、顔を上げた時だった。
あの赤いリボンをした猫が路地から2人を見ていることにカラ松は気づいた。猫は、にゃあんと鳴く。その首に巻かれたリボンはまるで染めたてのような赤色をしていたはずなのに、今は乾いた血の色をしている。そして、そのリボンが外れ、猫の首に大きな傷があることに気づいた瞬間。

猫は掻き消えるように消えた。

3 自宅〜雑居ビルの間



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -