二
ードカッ
『ぐっ······』
夜雀に蹴られた私の体が吹っ飛ばされてドサァァと地面を引きずって何かに当たって止まった。パラパラと私の頭の上に落ちてくる木片から推測すると近くにあった神社か?
くそ···目の前が全然見えない···。
てか、あの玉章の奴、私の事貰うとか言っときながら痛めつけるってどういうこと。お前の下僕は綺麗なままで〜なんちゃら〜とか言ってたのに。(よく覚えてないけども)
あ〜クソ。口の中切れた。
蹴られたお腹を擦りながら『ゴホッゴホッ』と咳き込むと血が一緒に出たのも感じた。口の中、凄い血の味がする。地面を引き摺った時に切れたか。
するとドガァァと背中にまた一撃喰らった。
『ぐは···っ』
こ、こいつ···容赦ねぇ〜!!
苦しそうに呻く私の声が聞こえたのか離れた所からリクオの「神夜、逃げろ!!」という声が聞こえた。それと同時に憎憎しい玉章の声。
「リクオ君、無能な姫を心配するより、今は君自身を心配したらどうだ」
む、無能だあ〜!?
言い返してやりたいが体中が痛くて声を上げるのも億劫だ。てかそれより何処にいるのかわからない玉章に怒鳴りたくない。もし、怒鳴った先に玉章がいなかったら滅茶苦茶恥ずかしいではないか。
「あれは夜雀の勝ち。それだけのことだ」
そんな玉章の言葉にカチンッと来て私は思いっきり右足を振り上げた。ドカッという鈍い音と共に「ぐっ」とくぐもったような夜雀の声。
よっしゃ!ここにいると思った!!
蹴りが当たったことに喜びを感じながら夜桜を支えにして立ち上がると口から出ているであろう血を手の甲で拭う。そして口の中で溜まっていた血をペッと吐いた。
やられるだけは性に合わないんでね。ちょっと反撃させてもらいました。
密かに聴こえた薙刀を構える音に身構えて攻撃に備える。右、上、飛ぶ、左、飛ぶ···夜雀の気配を感じながら次々と攻撃を避けていく。
うん、闇になれれば結構いけるかも。順応性があってよかった!!慣れってすごいね!(ぐっと)
てそんな事を考えていると、横から風が吹いた。来た。
ードガッ
咄嗟に腕を交差させて夜雀の攻撃を受け止めるとズザザザアと後ろに下がった。いってえ!!結構力強い!!
聞いていいかな!?あんた本当に女!?力強くね!?腕、ピリッピリしてんだけど!!
『夜雀、あんた結構鍛えてんのね······』
その言葉にまた横から薙刀が振り下ろされた。それを咄嗟に避けて右手で軽く地面をトッと叩いて側転の要領で間を取る。
うん、さすがにさっきの言葉はまずかったかな。女の子に鍛えてるはマズかったな···。怒るのも無理はない。
心の中でそう解釈して次々と攻撃してくる夜雀の攻撃を避ける。
ずっと避けててもキリがない···ッ!
ここは仕方ない。あれを使おう。夜雀の攻撃を避けながら見つからないように軽く右手に桜を浮かばせると気づかれないように周囲に吹き上げた。
桜が十分に夜雀の周りを舞い上がった後、私はニヤリと笑みを浮かべてその場で立ち止まった。さて、準備は整った。反撃と行こうか。
立ち止まった私を不思議に思いつつも夜雀は薙刀を振るうとそれは私のお腹にグサッと突き刺さった。着物に血が滲む。お腹の底から沸き上がってくるモノ。周りの奴良組が「姫様ー!!」と声を上げるのが聞こえたが目の前が真っ暗で其れ処ではない。
『グハッ······ゲホッゴホッ』
お腹に突き刺さったままの薙刀を掴みながら沸き上がってきた血を吐き出す。あ〜ヤバイ。遠くの方で氷麗の「姫様ーーーー!!」と叫んでいるのが聞こえる。だんだん闇の視界が落ちていく···もう、周りの気配が読めないくらいだ。
「姫様ー!神夜様!!神夜様ぁ!!」
口の周りを血で汚しながらも、真っ暗な視界の中、必死にこっちに向かって来ようとしている氷麗の姿を思い浮かべる。思い違いでなければその目には涙が溜まっている事だろう。
周りの雑魚妖怪に邪魔されて来れないであろう氷麗に安心させるように笑みを浮かべると私を見下ろす夜雀に笑いかける。
『私の事───よく見といた方がいい』
その言葉と共に薙刀で貫かれていた私の体は桜の花びらとなって消えた。サアアアッと消える桜の花びらに目を見開く夜雀をドガッと横腹を蹴られた衝撃が襲う。
ズザアーと地面を引きずった夜雀を見下ろすのは、血で真っ赤に染まっていない着物を着て、金色の髪を靡かせる私の姿。
『つららを痛めつけてくれた分はこれでチャラにしてあげる』
腰に左手を当ててニヤリと微笑む私はさぞかし悪どい笑みを浮かべていることだろう。
私が血に濡れていない理由。あれは全て幻惑だ。ほら、桜は人を酔わせるって言うでしょ?あれの原理を利用して周りの人たちに幻惑を見せていたのだ。
闇の視界の中、夜雀の気配を察して私が右手を薙ぐと、その手からたくさんの狐火が夜雀を襲う。だが、それは突然目の前に現れた夜雀の薙刀に切られた。
視界が真っ暗なため避けきれなかった私はドカッと地面に叩きつけられた。
それからずっと夜雀の攻撃を避け続ける。もうそろそろ息が切れてきた頃、後ろに下がった私はとっ···と背中が何かに当たった。私より一回り大きくて暖かい背中。安心する体温。背中に寄りかかるといつも広いなと思っていたこの大きな背中は、リクオだ。
お互いに背中合わせになりながら必死に呼吸を整える。あ〜キツい。
「神夜···?まだいたのかよ···逃げろ」
『そんなの無理に決まってんでしょ。夜雀は私の相手よ。ここで逃げるわけにはいかないんだっつーの。それに···リクオは······私が守るんだから』
息を整えながら笑みを浮かべて言った私をリクオは軽く振り返った。
「いつまで言ってんだ!んなこと」
『未来永劫守るわよ。そして貴方の傍を離れない。盃を───交わしたんだから』
三々九度の盃を交わした。形だけだったかもしれない。けどそれは私が貴方に対する想いの現れなんだから。
四年前に言った言葉を嘘にはしない。
"このかぐや姫、何時如何なる時も若のお側にいることを誓いましょう"これは誓いだ。
「挟撃するぞ夜雀!!リクオを殺ってかぐや姫をもらうぞ!!」
何処から来るか分からない攻撃。ドドドドと聞こえる音に私とリクオは身構えた。夜桜を構える。
「わかったよ···神夜。うしろは······おめーにまかせる!だから───神夜の後ろは任せろ」
リクオのその言葉にフッと笑った。それと同時に目の前で薙刀を振るう夜雀の気配。
『······ええ、任せるわ。───そして必ずや······この妖術といてみせましょう』
そんな私の言葉を嘲笑うが如く玉章は、
「フハハハハ!!何が出来るというのか!!今の貴様らに!!」
と言った。それが───出来るんだなぁ。
ニヤリと笑った私は左目を覆っていた前髪を掻き上げた。その下から出てきたのは目の周りを覆っている氷。
事前に氷麗に左目を氷で覆っていてもらったのだ。目を氷で覆うことで夜雀の羽根が左目に届かないようにね。
それに気づくことなく薙刀を振るう夜雀を前に私は右手を軽く持ち上げると、
『我は金狐の神夜。桜の精と契約を成した者』
「止まれ夜雀ぇぇぇぇ」
玉章の言葉にピクッと動きを止める夜雀。だが、もう遅い。
右目は闇。左目は光。ニコッと笑った私は右手に桜を舞わせる。
周囲にはたくさんの桜の花びら。
『桜が華麗に舞う中、我への忠誠を示せ!!』
ーー桜吹雪 狂乱桜華───!!