二
離れるなと言っておきながらオレは神夜を置いて玉章の元へと向かった。
だが自分の手許に置いていても、神夜はきっと無茶をしてケガをする。それならオレから少し離れた所で、すぐにでも助けにいける範囲にいてくれればそれでいいと思っていた。ま、いつの間にか逸れていたけど。それでも玉章を前に夜雀の闇に呑まれて浮かぶのは女々しくも神夜の姿。
ずっと昔から恋い焦がれてこの前やっと結ばれた───昼のオレにも今のオレにとっても、大切な存在。あいつがいるからオレは強くなれる。あいつが傍で笑っていてくれるからオレの周りは華やかになる。
誰もが神夜の存在を認める。誰もが神夜を欲しがる。周りにいるたくさんの奴の中からオレを選んでくれた。桜のような儚さを持ちつつも月のように辺りを照らす光を持つ神夜が隣にいて、笑っていてくれればそれでいい。
暗闇の中、神夜だけが唯一の光。
右も左も分からない中、
「訊こう。奴良リクオ、我が八十八鬼夜行の末尾に加わらんかね?悪くないと思うぞ。働き次第では幹部にしてやらんでもない。どうだ?」
得体の知れない刀で貫かれた腹の痛みと肩に乗せられた足、そして苛立たしい声を聞きながら。
「······ことわる。てめぇと盃交わすと考えるだけで、虫唾が走るぜ」
殺やれちまうかも知れねえって時に浮かぶのはオレにとっては愛してやまない
神夜の顔。
「そうかね······残念だな。ならば君を殺して君の百鬼の畏れを得るとしよう!!」
月のような美しい神夜の笑顔と、凛とした頼もしい彼女の声。
玉章が刀を振り上げる気配がする。ゴオオオと強い風がオレの体を襲う。
見えないまま死ぬなら、せめてオレを呼ぶ声位聞いておきたかった···なんて考えていたからだろうか。
闇に呑まれる───と思った瞬間、暗闇の中に一筋の光が見えた気がした。
『リクオ、かくれんぼはお終いよ』
普段よりも大人びた、それでいて聞き慣れた声。膝を付いたオレを包む桜の香りについ安堵してしまう。
『私を置いて大将の元に行くなんて───卑怯なんじゃない?夜雀』
挑発するような凛とした声とカシャッと刀を構える音と共に、オレを守るように包み込む桜の花びらが神夜の香りと同じで、見えない闇の中一筋の光を求めてオレは顔を上げた。
「神夜···」
オレの声に応えるように周りに舞っていた桜からの香りが一際強くなった気がしてオレは密かに口許を緩めた。