夕闇が迫る国立競技場では、ハーフタイムでチアガールが踊る中、警察から連絡を受けた係員二人が観客に怪しまれないようにさりげなくホーム側のゴールをチェックし始めた。
すると、クロスバーの裏側の中央に、シール状のセンサーが取り付けられているのを発見した。
他のスタジアムでも同じようにセンサーが取り付けられているのが発見され、Jリーグは観客や選手たちの生命を守るために犯人の要求を飲むことに決めた。
係員から事態を説明された各チームの監督は、それぞれのエースストライカーを呼び出した───。
***
控え室にいたビッグ大阪の真田は松崎監督に呼ばれ、人気のない通路の突き当りに来ていた。
スタッフの行動を怪しく思っていた花恋も二人の後を追いかけ、見えないように壁に背を預けると会話に耳を傾ける。
「ば、爆弾!?マジっすか!?」
「ああ。さっき警察から連絡があったそうだ」
(やっぱりあれは言葉のトリックによるミスリードか······)
小さく舌打ちをした花恋は気づけなかったことにわずかに唇をかんだ。
「どうだ?やれるか?」
松崎に訊かれ、真田はうつむいた。
「無理ならそう言ってくれ。断っても誰も文句は言わん。誰か他の者に───」
「誰ですか?」
真田が顔を上げ、松崎をまっすぐ見据えた。
「誰か他の者って、誰にやらせるつもりですか?」
真田の言葉に松崎の眉が曇った。
比護が負傷した今、真田以外に頼める者は正直いないのだ。
松崎の雰囲気を感じ取った花恋も拳を握りしめる。
「犯人はエースストライカーって指示してきたんでしょ?比護さんが下がった今、エースかどうかはともかく、ストライカーと呼べるのはオレしかおらんやないですか」
「真田······」
(受けるよね、貴大くんなら)
真田の言葉に花恋はフッと微笑む。
松崎が見つめると、真田は二ッと笑った。
「ま、何とかなるっしょ!それに爆発を止めれば、一躍大スターやないですか。女の子にモテモテんなったらどないしよ!?いや、でもこれで蓮華ちゃんもオレを見てくれるかも······」
真田はわざと明るい口調で言った後ぶつぶつと考え込む。
緊迫した松崎の顔が、少しだけ和らぐ。
「真田、これを左腕に」
松崎が赤いリストバンドを差し出すと、真田は右手を出した。
その右手がブルブルと小刻みに震えている。
松崎は真田の右手をしっかりとつかんだ。
「あ、いや、武者震いッスよ。武者震い!」
笑ってごまかそうとする真田に、松崎はリストバンドを握らせた。
「頼んだぞ、真田」
「······イエッサー!」
左腕にリストバンドをつけた真田は口を一文字にギュッと結ぶと、ピッチに向かった。
それを見て花恋も踵を返すと、携帯を取り出して走り出した。
***
真田はピッチに戻る途中チームメイトに控え室で携帯が鳴っていたと言われ、急いで控え室に戻ってきた。
携帯を見ると着信が入っていて、名前を見ずに「はい」と出ると、
〈もしもし、貴大くん?〉
「え!?蓮華ちゃん······?」
驚いた真田は携帯を落としそうになった。
博士から予備の蝶ネクタイ型変声機を借りていた花恋はメインスタンドに通じる通路で真田に電話をかけているのだ。
〈久しぶり。爆弾のことは花恋から聞いてるよ〉
「オレに任しとき!絶対爆弾とめたるから!」
強がって胸にドンッと手を当てて言い放つ真田だが、その手は震えていた。
声も少し震えていることに気づいた花恋は眉を寄せると、フッと笑って口を開く。
〈ごめんね、貴大くん。そばにいてあげられなくて〉
「え?」
〈私がそばにいてあげられてたら直接その震えを止められてあげたんだけど······〉
自分の体が震えていることに気づかれた真田はハッとすると、自分の不甲斐なさに唇を噛み締めて「違うんや······」と声を振り絞った。
「オレがしっかりせなあかんのやけど······」
〈できるよ〉
真田の言葉を遮った花恋は断言した。
〈貴大くんならできるよ。だっていっぱい練習してきたんでしょ?比護さんを抜かすために。私は直接応援はできないけど、ちゃんと見てるから。こっちも爆弾を解除するために頑張るから······だから、貴大くんも頑張れ〉
真田はいつの間にか体の震えが止まっていることに気づいた。
(ほんま蓮華ちゃんはすごいなァ······)
改めて蓮華のすごさに気づいた。
(惚れ直すわ、ほんまに······)
フッと笑うと、
「おう!」
〈じゃあもう行かなきゃ〉
嬉しそうに答えた真田に花恋も嬉しそうに答えた。
電話を切られた真田は少し頬を染めて嬉しそうに携帯を見つめた。
***
電話を切った花恋はメインスタンドの入り口まで駆け上がるとピッチに出てきた真田を見つめて、
『頑張れ、貴大くん······』
拳を握りしめながらつぶやいた。
***
コナンたちを乗せたパトカーは首都高に入り、サイレンを鳴らしながらスピードを上げ、何台もの車を抜き去った。
「あと何分かかる?」
「目一杯飛ばしても二十分は······」
警官が答えると、目暮は「十五分で何とかしろ!」と命令した。
パトカーがさらにスピードを上げる。
コナンは携帯のワンセグテレビで東京スピリッツ対ビッグ大阪の中継を見ていた。
「小僧、試合はどうなってる?」
小五郎が訊くと、コナンは険しい表情を向けた。
「なかなか真田選手にボールが回らないんだ」
そのとき、〈おーっと!ここでビッグがボールを奪った───!!〉とアナウンサーの実況が聞こえてきて、コナンはすばやくワンセグ画面に目を落とした。
ビッグの服西選手がボールを奪ったのを確認した真田がダッシュした。
パスを受けたオルテガが胸でトラップし、そのままボレーシュートを放つ。
ボールはディフェンスに当たり、ゴール前の真田の足元に転がった。
真田は突っ込んできたキーパーをかわし、クロスバーに向けてシュートを放った。
「当たった!!」
ボールはクロスバーのほぼ真ん中に命中し、コナンが叫んだ。
「真田選手が今ゴールポストに!」
「本当かね?コナン君」
「うん。実況でも言ってる」
コナンは助手席の目暮に携帯を向けた。
〈おしいっ!真田、ポストに嫌われた!!ビッグは大きなチャンスを逃しましたね〜!〉
「よしっ、これで国立は助かった」
実況を聞いた小五郎が胸をなでおろすと、「いや、まだわからん」と目暮が言った。
コナンと小五郎が「!?」と目をむく。
「電光掲示板の解除サインが確認できた時点で、この車両に連絡を入れるよう命じてある」
「ってことは、まだ······」
小五郎が訊くと目暮は険しい表情でうなずいた。
「センターから外れたか、ボールの威力が弱かったのかもしれん······」
***
クロスバーの中央にボールを当てた真田は「よしっ!」と電光掲示板を見上げた。
しかし、爆発が止まったら二度点滅するはずなのに、一向に点滅しない。
「何だ?ダメだったのか······?」
「おい!真田!早く戻れ!!」
チームメイトの声に真田はハッと我に返った。
「クソッ!」と顔をゆがめ、ピッチを走っていく。
サポーターからブーイングが起き、メインスタンドにいた園子も立ち上がった。
「こらぁ真田ーーー!!何やってんのよ、この下手っぴーー!!」
「園子ったら、やめてよ!」
蘭がヤジを飛ばす園子の服を引っ張ると、園子は「もうっ!」とふてくされて座席に座った。
「何で比護さんケガなんかしちゃったのよぉ!せっかく観にきてあげたのに意味ないじゃん!」
あくまで比護目当ての園子に、蘭はハハ······と苦笑いした。
その隣で花恋は電光掲示板を見て眉をひそめる。
(なんで······?今のはクロスバーのセンターに当たったはず)
ボールの威力が弱かった······?
いや、そんなはずは───。
(どうなってるの······)
顔を歪めながら花恋はピッチを走る真田を見つめた。
蘭と園子と花恋が座った座席の真下に、ボックスが置かれていた。
その側面には『高圧線注意。開けるな』と書かれたシールが貼られている。
そのボックスは観客席の真下のあちこちに置かれていた───。
***
真田はゆっくりとボールを置いた。
その位置からは、直接ゴールが狙える。
電光掲示板を見上げると───時計が五時十二分から十三分に変わった。
松崎監督から聞いた爆破予告時間は、試合終了時刻の五時十五分だ。
ロスタイムはない。
これが最後のチャンス───そう思った瞬間、真田の両膝が小刻みに震えだした。
両手で懸命に抑えるが、震えが止まらない。
「真田ーっ!落ち着け!深呼吸だ!!」
松崎監督がタッチラインの外から叫んだ。
松崎の後ろに立っている比護も真田を見てうなずく。
真田の様子を観客席から見ていた花恋は立ち上がると、スゥ···と息を吸って、
『いけーーー!貴大ぉーー!!』
力いっぱい叫んだ。
その声が聞こえた真田は驚いたように目を見開いて花恋の方を見る。
真っすぐと自分を見つめている花恋を見ると、蓮華の言葉が頭を過った。
『貴大くんならできるよ。頑張れ』真田は左腕のリストバンドで額の汗を拭くと、大きく深呼吸をした。
すると膝の震えがピタリと止まった。
クロスバーの中央をまっすぐ見据え、グッと表情を引き締める。
そしてゆっくり助走すると、ボールを蹴った。
強烈なフックボールが、一斉にジャンプしたスピリッツの選手たちの頭上を超え、クロスバーのど真ん中に向かって飛ぶ。
ゴールキーパーが飛びついたボールは手袋の上を通過し、クロスバーの下端に当たってそのままゴールに飛び込んだ。
ビッグのサポーターたちからワアアア······と大歓声が上がる。
〈決まったー!ビッグ大阪、土壇場で追いつきましたーー!!〉
呆然と立ち尽くす真田に、ビッグの選手が次々と駆け寄って飛びついた。
真田の見事なゴールにビッグのサポーターたちは総立ちになり、歓喜の声を上げ続けた。
「やりィ!」
園子も嬉しさのあまり蘭に抱きつき、頬にムチューとキスした。
「園子ったら······」
蘭はキスされた頬に手を当て、はしゃぎまくる園子を見て苦笑いした。
花恋は周りが喜ぶ中、呆然と立ちつくすと電光掲示板を見た。
***
「やめろって、ちょっと······!」
大歓声が鳴り響く中、真田はビッグの選手たちにもみくちゃにされながら電光掲示板を見上げた。
電光掲示板は点滅することなく、時計が五時十五分に変わってしまった。
そんな······!!真田は大きく目を見開き、観客席をグルッと見回した。
しかし、どこを見ても爆発は起きない。
「どーゆうことや······?」
大歓声が鳴り響く中、真田は呆然と立ち尽くすと、ハッとしてすぐに花恋のいる方を見た。
***
『どーなってるの······』
呆然と電光掲示板を見上げて、周りの観客席を見回してピッチにいる真田を見た。
お互いの視線が交わる。
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