FF夢


 8-04




Side 【Tifa】


2人は、まず5年前のニブルヘイム事件の事を思い返すことにした。

セフィロスと共にニブルヘイムへと訪れたソルジャーが、誰だったのか。
この旅を始めてすぐにクラウドが語った過去とは違うものを、ティファは思い浮かべていた。

「あの日、クラウドは居なかった。もう1人のソルジャーは黒髪の陽気な人…」

ティファの言葉に、クラウドは戸惑いの表情を浮かべる。
ティファはそんなクラウドを見守りながら、彼自身の力で答えを見つけさせなければならない。と口を噤んだ。

「私が言えるのはこれだけ。クラウド、ゆっくりで良いから、少しずつ思い出そう」

あくまでクラウドが自らの手で記憶を取り戻さなくては、意味が無いのだと。
そう語りかけ、ティファは別の場所に居るクラウドの元へと歩み寄った。

「もしも…2人の思い出も、俺が作り出した偽りの記憶だろしたら?」
「焦らないで、クラウド。焦って自分を追い詰めちゃダメよ」

すると今度は、クラウドとティファが幼い頃の記憶がふわりと蘇った。
あたりが暗くなり、頭上には満天の星空がどこまでも広がっている。
星空の下の給水塔で、クラウドがティファに「ソルジャーになる」と決意を打ち明けた時の記憶だ。
給水塔には幼いクラウドと、水色のワンピースを着たティファの姿が浮かび上がった。

「そうだ、私、こんな服着てた。星がこぼれ落ちて来そうな、きれいな夜だったよね」

自分の記憶と寸分違わぬ光景に、ティファは笑みを浮かべる。

「色々、記憶が食い違っていても、この思い出は同じ。だから、あなたは私の知ってるクラウドなんだって信じられたの。…でも、クラウドは不安だよね」

今のクラウドは、自分の記憶の全てに疑心を抱いているのだ。ティファはそんなクラウドに「じゃあ、他のことも思い出してみよう?」と優しく語りかけた。


「記憶を無理に引っ張り出さなくてもいい。思い出とか、その時の気持ちとか、クラウドが思ってたこと、聞かせて?」

いつの間にか星空は消えており、ライフストリームに似た緑色の光が2人を包み込んでいた。

「そういえば、クラウドはどうしてソルジャーになろうって思ったの? 私には、クラウドが突然決心して村を出て行ってしまったように思えたの」
「…悔しかった。認めてもらいたくて、強くなれば認めてもらえると、思ったんだ」
「認めてもらう? 誰に?」

クラウドは数秒間黙り込み、やがて小さい声で「ティファに」と呟いた。

彼らが幼い頃、ティファは村のアイドルだった。可愛らしく、快活で、ちょっと強気で、皆を引っ張る存在だったティファ。彼女の周りにはいつも沢山の友達が居て、笑い声に満ちていて、幼いクラウドにはそれが羨ましかったのだ。
引っ込み思案で「仲間に入れて」の一言がどうしても言えなかったクラウド。
彼はそんな自分を受け入れたくなくて、ずっと意地を張り続けていた。「自分はあんな子供っぽいやつらとは違う」と己に言い聞かせることで寂しさを紛らわせていたのだ。
ティファに淡い恋心を抱いていたクラウドは、仲間に入れないことやティファと仲良く出来ないことに対して劣等感を抱いていた。

「そっか…そういえば私、クラウドと遊んだこと、無かったね」
「俺はひねくれていたんだ。皆はバカで子供っぽい、俺はそんなやつらとは違うんだって思い込んで…でも、いつか誘ってもらえるんじゃないかっていう期待も捨てきれずにいた」

幼い頃の2人は、決して仲が悪いとか嫌いだった訳ではない。ただ、あまり関わる機会が無かったのだ。
ティファの幼い頃は仲良しの友人と遊んだ思い出ばかりで、その中にクラウドが居たことは無い。

「だからティファを給水塔に呼び出した時も、きっと来てくれないと思ってた。こんな俺の事なんか嫌っているって」
「確かにあの時は突然でビックリしちゃった。でもね、クラウドが村を出て行ってから、私すごくクラウドのことが気になってたんだよ。いつかソルジャーになったクラウドが新聞に載るかもって、パパが読み終わったあとの新聞を貰って読むようになったり」

ティファの言葉を聞いて、幼い姿をしたクラウドが嬉しそうにはにかんだ。

「ありがとう、ティファ」

そして、ティファはふと「そういえばクラウドがソルジャーになる事を決意した日…何かあった日だったかしら」と疑問を口にした。

「この日は、ティファのお母さんが」

クラウドがそう呟くと、ティファはハッとして「ママが…死んじゃった日…?」と言い繋げた。
彼女が母を亡くして自暴自棄になっていたあの日。ティファは何もかもがどうでも良いと思うほど、大きな悲しみに満たされていた。自分を元気付ける友人も、心配する父も、全てが煩わしく感じた。
そして、幼いティファは母に会いたい一心でとある行動を起こすのだった。

死者の山と恐れられるニブル山に行けば、死者である母に会えるのではないかと考えたのだ。
ニブル山は深い崖や不安定な道にくわえて、数々の強力なモンスターが生息している危険な場所だ。おいそれと子供が立ち入っていい場所ではない。
しかし、母を亡くして平常心を失っているティファは、そういった危険を恐れる気持ちよりも悲しさを慰めようとする心の方が強かった。

彼女は友人らの制止も聞かずにニブル山を登った。
仲良しの友人達は最初こそティファの後を追ったが、1人また1人と恐ろしくなって道を引き返していく。
そして最後に残ったのは、こっそりとティファを追っていたクラウドだけだった。

だが、子供の足で進める場所など限られてくる。
やがてティファが足を踏み外してしまい、悲鳴を上げながら崖を滑り落ちてしまう。
助けようと駆け寄ったクラウドも、ティファ同様に崖から落ちてしまった。
クラウドは幸いにもかすり傷で済んだが、ティファは打ち所が悪く7日間も意識不明の状態が続くほどの大怪我を追ってしまったのだ。

そんな2人を発見したティファの父は、それはもう怒髪天を突く勢いでクラウドを責めた。
クラウドは全く悪くないのだが、もしかしたら先に逃げて行ったティファの友人達が、自分やティファを擁護するために「クラウドがティファを連れ出した」とでも言ったのだろう。
確かに、最愛の妻を失った直後だというのに、今度は一人娘であるティファが生死を彷徨うほどの怪我を負ったのだ。幼いクラウドに対して厳しく当たってしまっても無理は無い。

しかし、クラウドに罪が無いがゆえに、非常に気の毒だ。
幼心にティファを守れなかったという罪悪感が根付き、そのことで自分を酷く責めてしまっただろう。
気を病み、自分を責め、その精神はやがて「ティファもこんな自分の事を責めているはずだ」という思い込みに繋がった。


そんな時だった。伝説のソルジャーとして名を馳せ始めたセフィロスのことを知ったのだ。
彼のような、誰もが認める強さがあればきっと自分も認めてもらえると。ティファの事だって守れると思った。

「そうだったのね…私、クラウドが追いかけて来てくれていることなんて知らなかった…ごめんね、私がもっとちゃんと覚えていれば」
「ティファは悪くないよ」

俯いていたクラウドが、緩く首を振る。

「でも、これで分かったわ。 12年前…私たちが8歳だった時のことを、クラウドはちゃんと覚えているんだもの。だから、あなたは5年前に作られた偽者なんかじゃないわ。本物の、ニブルヘイムのクラウドよ!」


共通の記憶がひとつ、ふたつ、と蘇るにつれて、ティファの目にも希望の光が宿り始める。そして、今のクラウドならば5年前の本当の記憶を呼び起こせると確信した。

「行きましょう、もう一度。あの日の…5年前のニブルヘイムへ」

そう言った2人は、真実を求めてもう一度5年前のニブルヘイム事件を思い返した。

あの日、セフィロスが己の出生を知り、心を失ってしまった日。
村の人たちを殺し、村全体に火を放って何もかもを壊したセフィロスは、己の母であるジェノバを求めてニブル魔晄炉へと向かった。
セフィロスに父を殺されたティファが彼の前に立ち塞がったが、彼女もまた抵抗むなしくセフィロスの凶刃の餌食になった。

ティファが硬い床に倒れ込んだ瞬間、その場所には1人のソルジャーが姿を現した。


「ザックス…」
「クラウド、思い出したのね!?」

クラウドの口から放たれた「ザックス」という名前。ティファはようやく真実を知った。
セフィロスを止めようとするも、彼の容赦のない刃に倒されてしまうザックス。

「どうして、クラウドがこの時のことを知っているの? あの時ニブルヘイムに来たソルジャーは2人…セフィロスと、ザックスだけだったわ」
「見て、いたんだ」

地に伏せたザックスとティファの横を駆け抜け、床に落ちたバスターソードを拾い上げる、もう1人の男。
神羅兵の軍服を着た彼が、魔晄炉の最深部であるジェノバルームに向かっていく。
そしてジェノバに語りかけることに夢中になっているセフィロスに、真っ直ぐ剣を突きたてたのだ。

「ぐうっ…!」
「母さんを…ティファを…村を返せ…ッ!」

突然の激痛に呻いているセフィロスに、彼は涙声で呼びかける。

「あんたを、尊敬していたのに…」

崩れ落ちて行くセフィロスを見つめながらヘルメットを外す彼。その素顔を見たティファが「クラウド!」と声をあげた。
そう。ソルジャーになれなかった彼は己を恥じ、故郷に来たにも関わらずに正体を隠していたのだ。
ソルジャーになると言って村を飛び出して行った手前、不甲斐ない自分を村の人たちやティファに見せる訳に行かなかった。

「そっか…あの日、ずっと私の事を見てくれていた兵隊さんが、クラウドだったのね」
「俺、ソルジャーにはなれなかったよ。あんなに威勢よく村を出ていったのに。恥ずかしくて、誰にも会いたくなかったんだ」

いくら身体能力が優れていても、魔晄への適性が無ければソルジャーにはなれない。努力ではどうすることもできない領域なのだ。
今になって思えば正当な理由があるので恥ずべき事でもないと言われるかもしれないが、当時のクラウドは16歳。若くして夢やぶれてしまった事を、憧れの女の子に知られるのは彼にとって耐え難い事だったのだろう。

そうして正体を隠したまま、ニブル事件に巻き込まれたクラウド。
セフィロスとの死闘の末に相打ちとなり、セフィロスは魔晄炉の底へ。クラウドはその場に倒れ込み、事件を隠蔽しようとした神羅に実験体として捕らえられることになった。


「約束どおり、来てくれていたのね」
「それから4年。俺とザックスは神羅屋敷の地下に閉じ込められていた。そんな俺たちを救い出してくれたのが奈々だったんだ」

そこから先の記憶は酷く断片的だった。クラウドが魔晄中毒に侵され、意識を保てなくなっていたからだろう。
だが瞬間的に自我を取り戻したときの事なら覚えているようで、様々なシーンが断片的に浮かんでは消えを繰り返した。
ザックスと笑い合う奈々の横顔。クラウド自身を覗き込み、何かを楽しそうに語りかける姿。黒い羽根のチョコボと共にクラウドに寄り添い、スヤスヤと眠る奈々。
魔晄中毒を患っている時のことだったが、クラウドの記憶には奈々が献身的に彼の世話をしたり、何気ないことを笑顔で語りかける姿がしっかりと刻まれていた。

「奈々が居なければ、俺やザックスは死んでいたんじゃないかと思う。その後も、自分自身を失った俺がクラウドであれたのは、本当の俺を知っている奈々が傍に居てくれたからなんだ」

優しく微笑むクラウド。彼の柔らかい表情を見ていたティファは、くすりと笑って「そりゃあ、好きになっちゃうよね」と呟いた。


「うん?」
「奈々のこと! こんなに一生懸命に、自分の何もかもを投げ出してでも、クラウドを助けようとしてくれていた…クラウドは、奈々のそんなところが好きなのよね?」
「よく、分からないんだ。でも…特別な存在だとは思う」
「うん。きっと、その気持ちはとっても大切なものだよ。他の誰でもダメ、奈々だから…大事だって思うんだよ」

ティファはそう言って自身の胸に手を当てて、ふんわりと笑顔を浮かべた。

「私も同じ、奈々が大好き。私たちのこと、いつもキラキラした目で見守ってくれる奈々…ちょっと頑張りすぎちゃう所とか、私たちの事をずっと大好きだって言ってくれる所も」

少しの間ではあるが、クラウドと共に戦いから離れていたティファ。
その間に奈々のことも考えていたのだろう。一時は裏切られたような気持ちになりもしたが、同時に「奈々が本当に自分達を裏切るようなことはあるのだろうか」という疑問もあった。

「奈々はね、確かに秘密にしてることは沢山あると思う。でも、それはきっと私たちのためなんじゃないかな。奈々は、どんな時でも私たちの味方でいてくれる。ナナキも言ってたように、私もそんな気がするの」
「以前、あいつは俺に『嫌いになるなんてあり得ない』と言った。きっと、ティファ達にも同じ気持ちだと思うんだ」

あの時クラウドが感じ取った奈々の想い。この世界や、クラウド自身に向けた母親のような無償の愛を、彼ははっきりと覚えていたのだ。
全ての記憶を取り戻したクラウドが、晴れやかな顔つきでそう言った。


その時だった。2人の耳に、聞き覚えのある優しい声が響く。

『クラウド、ティファ、やっと見つけた』
「…だぁれ?」
『あ、ひどい。私のこと、もう忘れちゃったの?』

心をじんわりと溶かすような女性の声。
ティファはその声を聞き、そしてハッとした顔で「まさか…」と声を漏らす。

『ふふ…みんな、2人のこと、待ってるよ』
「ああ…帰ろう、ティファ」
『わたしも、待ってるから』

どこからか響くその声が、2人を包み込む。
そして次の瞬間には、2人の体がふんわりと浮かんでライフストリームの中を上昇していった。

突然のことだったが、クラウドもティファも不安など感じなかった。


だって、まるで"彼女"が優しく手を引いてくれているような感覚があったのだから。





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