FF夢


 8-01



Side 【奈々】


今頃、ザックスやクラウドたちは何をしているだろうか。そんな疑問をぼんやりと考えながら、私は自身が作成したウェポンレポートを読み上げていた。


昨日行われた作戦会議のあと、私達は早速行動を開始した。
やるべき事は山のようにあって、とても休んでいる暇など無かった。私はというと、オフィスを一室与えられ、そこでつい先ほどまで5体のウェポンについてのレポートを作っていたのだ。

パソコンの画面を長時間見ていたからか、目がしぱしぱと乾く。
目を閉じて指でぐしぐしと擦っていると、私の目の前に座っていた男性が「大丈夫か?」と声をかけてくれた。


「あ、うん、ごめんなさい、大丈夫です」
「無理するなよ。俺たちと違って君は一般人なんだから」

魔晄色の瞳を持った茶髪の青年、名前をニーダと言う。
彼は最近ソルジャー1stクラスになったらしく、今回のウェポン討伐任務の隊長を務めるようだ。

ぽっと出の見知らぬ女が討伐隊の指揮をとるなんて事になれば、隊員の士気にも関わる。
ということで、私はルーファウスの指示で情報を提供する役割となった。もちろん、戦闘になれば最前線でサポートをするつもりではあるが。

「で、最も気をつけるべきなのは強力な魔法系攻撃の…」
「なぁ、ひとつ気になっている事があるんだが…君、このデータはどうやって取ってきたんだ?」

私の説明を遮って、ニーダは疑問を口にする。
まぁ確かに、世界の脅威であるウェポンの詳細な情報を持っている人間はそう居ない。彼が疑問を抱くのも無理は無い。

「どうやって、と言っても…まぁ、何回かちょっかいかけて来たの」

ドヤ顔で「過去に何百回と倒した経験があります!」などとは言えないが、ここで言いよどんでしまったらデータへの信憑性が疑われる。ここは適度に強キャラ感でも出しておくのがベターだろう。

「ちょっかい!?」
「うん。実物に勝るサンプルは無いからね」

見よこのドヤ顔を。どうだい強そうだろう、頼るがいいさ。多分私よりもソルジャーであるニーダ君の方が、ずっとフィジカルは上だろうが。

「そうか…なぁ、君はどう思う? 俺なんかに隊長という大役が務まるかどうか…」
「うーん、戦闘中のあなたを見たことが無いから何とも言えないけど、1stクラスのソルジャーなんでしょ?」
「つい最近、昇格したばかりだ。1stとしての実戦経験はまだ無いに等しい」

重い重いため息とともに吐かれた言葉。
彼はもしかして、1stクラスとしての初任務がこのウェポン討伐任務なのだろうか?

「以前、うちの会社でソルジャーの大量脱走事件があってな、そこからずっと人員不足なんだ。俺のような新人隊長が、こんな重要任務に回されるだなんて」
「そっか。じゃあ、プレッシャーもすごいよね」
「ああ…何としてもこの任務を成功させなけりゃならない、じゃなきゃ世界中メチャクチャだ」

彼が抱くプレッシャーの重さは計り知れない。
私は今後の展開を少なからず知っているので「まぁ最終的には上手く行くだろう」と多少楽観的に物事を考えられるが、彼らはそうではないのだ。
二重三重の脅威に晒され、世界がどうなるかも分からないのだ。特にウェポン討伐という重要任務を抱えている彼からすれば、自分の腕に世界の命運がかかっていると言っても過言ではないだろう。

今日初めて会った私ごときが何か言ったところで、彼の不安を全て払拭することなど不可能だろう。
でも、だからと言ってこんなメンタルのまま戦場に送り出すわけにもいかない。
隊長たる彼の精神状態が、そのまま隊全体の士気に繋がるのだから。


「確かに、ウェポンは通常モンスターと比べてしまうと規格外の強さだけど…でも、知識を身につけて冷静に対処できれば倒せない敵じゃない」

世の中には低レベルクリアだとか、ミニマム縛りだとか、そんな状況下でもウェポンを倒す猛者もいるのだ。私もやったことがある。
だからきっと、大丈夫だ。じっとりと手に浮かんだ汗を握り込み、まるで不安など感じていないかのような顔を作る。

「対処…そうか、そのために君とのミーティングの場を設けたんだもんな」
「うん。実のところ、私の戦闘能力はさほど高くない。ただ生き汚いだけ。でも、だからこそ敵の攻撃から身を守る術は知ってる」

私達に残された時間は短い。だが、やれる準備は全てするつもりだ。
今回は自分の身だけを守れば良い訳でなく、出来る限り犠牲者を出さずに討伐を済ませたい。そう思うのは甘すぎる考えだろうか。

「私の目標は、1人の犠牲者も出さないこと。そのために全力で動きます」

たとえ考えが甘いと誹りを受けたとしても、私は理想を追うのを止めたりはしない。諦めたくも、妥協したくもないのだ。

「ははは。君、軍を率いるの向いてないな」
「うぐ…べ、別に私、率いるつもりなんて」
「でも、悪くは無い気分だ。俺たちは兵士だ、いつも使い捨てだからな。そうやって人間扱いされるのは良い気分だ」

ニーダはそう言って笑顔を見せてくれた。少しだけでも気分が晴れて良かった。

「当たり前! 死ぬつもりも、死なせるつもりも無いから!」
「分かったよ。司令塔殿の意向は汲むさ」
「生きて帰るコツはね、恋人の話をしないこと、故郷の話をしないこと、あと『生きて帰ったら一緒に飲もうぜ』とか約束しないこと!」
「はは、了解」

この期に及んで死亡フラグなど立てさせてたまるか。と言わんばかりに、良く聞くセリフの数々を禁止する。
ニーダも、映画で良く聞くセリフの数々に思い当たるものがあるのか、からからと笑いながら敬礼をしてくれた。




そうして部隊長のニーダにアルテマウェポンのデータを全て受け渡し、彼から部隊に配属された兵士たちに情報を伝達してもらう。

…はず、だった。


「これよりアルテマウェポン討伐任務の説明を行う!」
「はっ!」

シルジャーたちの一糸乱れぬ敬礼が、私とニーダに向けられるこの状況は何なのだろうか。
そう、私は何故か部隊長の隣に立たされ、ソルジャーたちの視線を一身に浴びているのだ。おかげさまで平静を保つのに苦労する。既に私の手のひらは手汗でビチョビチョである。

「我々討伐隊の最終目的は、現在世界中に散らばっている4体のウェポンを全て撃破することである! ウェポンの詳細な生態や戦闘時のフロー等は、戦術構築アドバイザーの奈々殿からお話頂く。総員拝聴せよ!」
「はっ! 宜しくお願い致します!」
「ひぇ…」

彼は今何て言った? アドバイザー? いつから私はそんな野菜ソムリエのような肩書きを手に入れたのだろうか。
横に立っているニーダが軍人口調を崩し、小さな声で「そら、君の番だ」と言う。
こんな緊張感の漂う中で私にパスを出すんじゃない。もっとこう、お茶でも飲みながらミーティングをしたい。お菓子があってもいい。


「えと、ご紹介に預かりました、戦術こ、構築アドバイザーの奈々と申します」

この肩書き、思ったよりも名乗るのが恥ずかしい。これはルーファウスあたりの嫌がらせだろうか。
そうだとしたら、きっと彼は半笑いで「戦術構築アドバイザー(笑)と名乗らせろ」とでも言い放ったことだろう。


「まずはアルテマウェポンの特性についてお話いたします。何よりも特筆すべきは、高い魔力から繰り出される高威力の魔法系攻撃。そして飛行能力です」

私がそう言うと同時に、部屋の隅でプロジェクターを操作しているツォンがモニターに資料を映し出す。

「アルテマウェポンは高確率で空中を飛行していますので、飛空挺で追跡・その後空中戦へと移行します。アルテマウェポンはある程度の攻撃を受けると逃走を始めます。ですので、最初の一戦ではアルテマウェポンに追跡用の発信機器を取り付けます。以降は追跡と攻撃を繰り返すことになります」

私以外の全員が、息をも潜めているかのように静まり返った会議室。私が口を閉じれば耳鳴りがしそうなほどの静寂が広がる。

「アルテマウェポンは他のウェポンと比較すると、耐久性はそこまで高くはありません。よって、攻撃さえ防ぐことができれば勝機は十二分にあります」

ここでツォンに合図をして、次の資料を映し出してもらう。
アルテマウェポンの攻撃パターンを図にしたフローチャートだ。まだ攻略本が無い時に、自分でこうしてノートに書き出した記憶がある。

「続いて、戦闘パターンについてです。特に脅威となるのが、無属性の広範囲攻撃であるアルテマビーム。それと、アルテマウェポンが瀕死の際に放つシャドウフレア」

アルテマビームはともかくとして、このシャドウフレアが少しやっかいなのだ。アルテマウェポンの最大にして最後の攻撃。当たれば高確率で瀕死の重傷を負ってしまう。
ゲームならば「はぁ!? 最後の最後で死んだんだけど! EXPもAPも入らん!」で終わる話だが、そうも行かない。できれば重傷など負わせたくはないのだ。

「アルテマビームはマバリアでダメージ軽減が可能ですので、私が皆さんに常時マバリア・バリア・ヘイストを展開します。最大の脅威であるシャドウフレアはリフレクによって無効化が可能です。こちらも私と魔法部隊の皆さんで全員にリフレクをかけます」

あとは適切なタイミングで回復を行えば、大丈夫なはずだ。
アルテマウェポンの特徴や攻略法さえ伝えれば、あとの細かい動き方などはニーダが指示してくれるはずだ。

「ありがとう、奈々殿。総員、以上のデータは彼女が自らアルテマウェポンに挑み、命がけで採取してきたデータである。頭に叩き込むように!」
「はっ!」

おいやめろ、私めっちゃ強い人みたいじゃないか。やめろ。
私はご周知の通りただの頭でっかちな人なので、あまり期待値を上げないで頂きたい。

「アルテマウェポンは確かにとてつもない脅威だが、不死身ではない。つまり、倒せない相手ではない。我々はこれより世界を救うための任務にあたる」

私が部屋の端に捌けると、ニーダがそう言葉を紡ぐ。

「アルテマウェポンを踏破した先も同様の戦いは続くだろう。今回、我々に与えられた任務はアルテマウェポンと刺し違える事ではなく、ここに居る全員が生還し、この経験を以て他のウェポンを撃破することだ。総員、心するように」
「はっ!!」

ピタリと揃った返事を合図に、部隊編成の話へと移行する。
前線で物理攻撃を行う近接部隊、後列より銃や魔法で攻撃を行う遠距離部隊、そして私含む回復やバフを回す援護部隊に分かれるらしい。
これからの私の仕事は、彼らを誰一人死なせないこと。
準備しなければならない事は未だに山ほどあるし、きっと時間が足りないことの方が多いだろう。

でも、もう後には引けない。とにかく全力を尽くすしかないのだ。


「ご報告いたします! ジュノン支部付近の海域にて青色のウェポンを確認! これより戦闘開始とのことです!」

会議室に駆け込んできた伝令兵が、大きな声で告げる。
ジュノンの攻防は現地に居るルーファウスに任せておけば大丈夫だろう。同時に、拘束されているティファやバレットもきっと無事に逃げ果せるはずだ。


私は、離れ離れになってしまった皆の無事を祈り、両手を硬く握り締めた。




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