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ちょうど魔法史の試験を終えたカノンが、廊下を歩きながらノートを捲っている。答案用紙に記入した内容と、ノートの内容が合っているのか確認しているのだろう。

「カノン!」
「ジニー?」

どこからか高い声が響き、赤毛の女の子がぱたぱたと走り寄ってくる。彼女、ジニーはカノンの手を取ってそのまま早足で歩き出した。

「ジニー、ちょっと、試験の見直しをしたいんだけど」
「何言ってるのよカノン! そんなのいつでもできるでしょ?」
「うーん…こういうのは試験直後にやるから良いんだけどな」
「もう、いいから来てって!」

腕を引っ張られてきたカノンが大広間へとたどり着いた。
ジニーに手を引かれるがままに進むと、グリフィンドールのテーブルに向かっているようだ。

「あら! ジニー、いきなり走ったりしてどうしたの?」
「ママ! ビル! 連れてきたの、カノンよ!」

ずい、とジニーに押し出されたカノンは、赤毛の女性と青年に目を向けた。
女性の方は見覚えがあった。ロンやジニーの母親である、モリー・ウィーズリーだ。去年、今年とクリスマスのプレゼントにふわふわのカーディガンを送ってくれた彼女に、カノンはにっこりと笑いながら挨拶をした。

「まぁ、久しぶりねぇ!」
「お久しぶりです、モリーおばさま。今年も素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます。可愛くてあたたかくて、お気に入りになりました」
「喜んでもらえて嬉しいわ」

カノンは制服の上に羽織っていた白いカーディガンの袖をひらりと降ってみせる。それを見たモリーは、嬉しそうに笑いながら彼女の肩を優しく叩いた。だがジニーは、そんな2人の会話を遮って赤毛の青年を指した。

「ねぇ、カノン! こっちがビルよ、私のお兄ちゃん。前に紹介するって言ったでしょ?」
「ああ、確かにそう言ってたね」

ジニーは数ヶ月前に自分が言っていたことを覚えていたようだ。意気揚々とした表情で、カノンを紹介した。

「ビル、彼女がカノン・マルディーニよ! 家で話したことがあるでしょ?」
「ああ。例の…」
「例の? ジニー、いったい何話したの?」
「私はそのままを言っただけよ」
「美人で格好良い、学年主席の先輩だって聞いたよ」
「ジニー…」
「そのまま言っただけ、そうでしょ?」
「そうだね。ジニーの言った通りのようだ」

ビルがからかうような顔で言う。だがカノンはそれをさらりと流し、笑って見せた。

「それはどうも、ミスター・ウィーズリー」
「あはは! ごめんね、怒らないで。本当にそう思っただけだよ。僕はビル・ウィーズリーだ、よろしくね」
「ええ、よろしく、ビル」

にこやかに握手をした2人。
ジニーはそんな2人を見ながら、目に期待の光を宿らせている。何を期待しているのか。ビルもすぐに分かったようで、苦笑いを浮かべた。

すると、今までニコニコとしていたモリーが手を振り始める。
カノン、ジニー、ビルがそちらを見ると、大広間にハリー達が入って来ていた。ロンが「ママ! ビル!」と声を上げて駆け寄ってきた。

「あ、ハーマイオニー。魔法史の試験問題なんだけど…エジプト発祥の"妖精狩り"についての説明文を書けって問題について話したくて」
「私もその事をカノンに聞こうと思ってたのよ! 私、途中で紙が足りなくなってしまって…発案者の娘についてあまり書けなかったの!」
「私は答案用紙の裏面に補足をまとめて、説明文自体は簡潔にしたよ。娘…ネネーシャで合ってるよね。より妖精狩りを激化させた」
「そうよ! その事についても書きたかったのに…そう、裏面って手があったわね…」

2人が熱く語らっている事を聞いたモリーが、目を光らせながらロンを睨み付ける。その鋭い目が「ほら! 2人を見習いなさい!」と語っているのを、ロンはハッキリ読み取った。

「君たち気は確かかい? やっと試験が終わったんだよ!」
「答案の確認は、早いうちにした方が良いんだよ。それに魔法史の試験は、私とハーマイオニーで成績が拮抗している教科の一つなんだ。点数によっては学年主席を逃すことになる。数占いと呪文学はハーマイオニーの方が優秀だからね」
「ええ、それから変身術と魔法薬学はカノンが一番。だから魔法史の結果って結構気になるの」

学年主席同士。やはり競う相手が居るというのは良い事なのだろう。2人とも活き活きとしながらノートを見せ合っている。

「最近の学年主席は、優等生揃いだね」
「ねえカノン、ビルもホグワーツに居た時は主席の監督生だったのよ!」
「へぇ、凄い…ジニーのお兄さんは優秀な人ばっかりだね」
「はは、照れるなぁ」

ジニーが再びカノンの興味をビルへと戻した瞬間、カノンのノートを見ていたハーマイオニーが声を上げた。


「ああ、これ! 前にあなたが調合していた天才薬、どうやっても上手く薬が変色しないのよ。鮮やかなミントグリーンになるべきところがどうしても青っぽい色になってしまうの」
「うーん…アルマジロの胆汁が多いのかもしれないね。少し少な目に入れてみるといいかも」
「そうなの? 教科書通りにキッチリ作ったのに!」
「薬によっては間違った調合方法が載ってる事があるから、気を付けてね。もしどの本を見ればいいのか迷ったなら、スネイプ教授に聞くと良いよ」
「それで、素直に教えてくれると思う?」
「…そうだね、私に聞いて」
「そうするわ!」

ハーマイオニーはスッキリとした表情で、自分の薬学のノートにペンでメモをした。

「その薬、もっと早くに作ってくれたら今日飲んでから試験に行けたのに」

ロンがハーマイオニーの手元を嫌そうに見ながら、そう呟く。するとカノンはからからと笑いながらロンに言い返した。

「…天才薬は確かに素晴らしい効果があるけど、中毒性も強いんだよ。常日頃の自分がどうしようもない馬鹿に思えて、そのまま自殺してしまった人が居たくらいにね」
「えっ…」
「だから、この薬を調合できる人の中に、服用しようと思う人は滅多にいない。自分で幾らでも作り出せるって言うのは、中毒性を高める大きな要因になって非常に危険だからね」
「ハーマイオニー、今まで成功しないでいてくれてありがとう」
「成功したってロンにはあげないわよ!」

刺々しく言い返したハーマイオニーと、うんざりとした顔をするジニー。カノンの興味が再び試験内容に移ってしまう前に、話題を新しくした。

「ねえ、カノンはもう十分勉強してると思うの! そろそろ男の子に興味持つべきじゃない?」
「男の子?」
「私、カノンがぼーっとしちゃうような男の子って想像つかないのよね。ねえ、どんな人が好みなの?」

ジニーにそう言われて、カノンは考えた。
自分でも自分が夢中になるような男性像が思い浮かばないのだろう。数秒考えたカノンは、曖昧な答えを返した。

「好みって言われてもなぁ・・・うーん。あ、誠実さは大事かな」
「うんうん! セドリック・ディゴリーみたいに?」
「そうだね」
「ビルもよ!」
「そう、らしいね。うん」
「ジニー、あまり彼女を困らせちゃだめだよ」

優しくジニーをたしなめるビル。だがジニー本人はそれを軽くスルーし、カノンへと更に詰め寄った。

「カノン、今まで好きになった人とかいないの? 一番頼れる人とか、尊敬するとか、憧れる人でもいいわよ!」
「頼れる…尊敬する…憧れる…ああ!」
「居るのね!?」
「誰なの?」

思いついたような顔をするカノンに、ジニーとハーマイオニー、そしてモリーまでもが目を輝かせる。
ロンとビルは顔を見合わせ、ハリーは緊張した面持ちで彼女の答えを待った。


「一番頼りになる、憧れの人…スネイプ教授!」

きらきらとした目で言ったカノンに対し、ジニーもハーマイオニーも黙り込んでしまう。

「ああ、うん、貴女に期待した私が馬鹿だったみたい」
「ジニー、無言になるのやめて。ハーマイオニーも失礼だよ」
「君の好みが最悪だってこと、忘れてた」
「いい度胸だね、ロン」
「うわーっ! やめて!! 杖下ろして!」

にこりと笑ったカノンに睨まれたロンが、顔を青くしてハーマイオニーの後ろに隠れる。
その横で、ハリーは安心したような、それでいてどこか気に食わないような、そんな微妙な表情をしていた。



***



学年末試験が終わった日の夕方。


いよいよ行われる最後の課題を前に、生徒たちはうずうずとしていた。

品数の多いごちそうも、いつもより煌びやかな飾り付けも、彼らの心に留まるものではなくなっている。生徒たちの頭にあるのはただひとつ。今回の優勝者のことだ。
一体誰がこの戦いを勝ち抜いて、優勝杯と栄光を手にするのだろうか。大広間はその話題で一杯だった。


「諸君!」

皆があらかたの食事を終えた頃、教員席の真中に座っていたダンブルドアが声を上げる。生徒たちは瞬時に雑談を止め、立ち上がったダンブルドアに注目した。

「もうじき、第3の課題が始まる。代表選手は今から、バグマンさんと共に競技場へ行くのじゃ。代表選手を見送ったら、競技場へと移動を開始するとしよう」

ダンブルドアがそういうと、大広間中から激励の声が響きだす。

まずクラムがサッと立ち上がると同時に、スリザリンのテーブルや彼のファンから歓声が響いた。
そして次に、フラーが颯爽と歩き出す。その次に立ち上がったのは、セドリックだった。
ハッフルパフからは割れんばかりの盛大な拍手が沸き起こり、セドリックもそれに軽く手を振って応えている。
カノンも拍手を送っていると、離れた場所を歩くセドリックが彼女の方へと視線を向ける。彼はカノンに向かってにっこりと笑い、彼女もそれに笑みを返した。

最後に、ハリーが静かに立ち上がった。その瞬間にグリフィンドール生は大歓声を上げ、まるで寮杯でも獲得したかのようだった。ハリーも、前の課題の時に比べれば大分落ち着いているようだ。

代表選手4人がバグマンと共に大広間を出て行くと、いよいよ広間の空気が興奮に満ちたものへと変わった。

「さて、それでは我々も向かうとしようかの」

ダンブルドアがそう言うのを待ち構えていた生徒たちは、一斉に立ち上がって移動を始める。カノンも横にいたドラコやパンジーと共に競技場へと向かった。





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