15
一日の授業が終わり、生徒たちがゆるりと流れる時間を楽しむ頃
カノンも同様に、久々に訪れた1人の時間を楽しんでいる。
リドルはホグワーツを探索して暇つぶし中らしく、アンクレットも今は空っぽだ。
カノンは中庭のベンチを陣取り、図書室から借りて来た本を読み耽っている。
彼女の好みに合う内容だったらしく、その目は休む事無く動き、指は非常に速いスピードでページを捲っていた。
そんな彼女に、一人の男子生徒が声を掛ける。
「やあ、カノン」
その声に反応したカノンが、その人を見上げてから緩く微笑む。
「こんにちは、久しぶりだね、セドリック」
彼の、さらりと流れる黒髪はところどころ跳ねていて、急いで走ってきた様子が伺える。
グレーの瞳は真っ直ぐカノンを見つめ、嬉しそうに少し細められていた。
「ああ、本当に久しぶりだね。 隣、いいかい?」
「もちろんどうぞ」
何かを気にするように背後をちらちら確認しながら、セドリックはカノンに問いかける。
カノンも自分の横に置いてあった鞄を足元に下ろし、場所を開けた。
セドリックはホッとした様子でベンチに座ると、疲れを紛らわすように溜息を吐いた。
フーッ、と勢い良く息を吐き出す様子を見て、カノンはくつくつを笑いながら彼の頭を撫でた。
「最近は忙しそうだね、ファンの応対とかさ?」
面白半分といった様子で言ったカノン。セドリックも特に気分を害する事無く、困ったように眉を下げて笑った。
「からかわないでくれよ・・・みんな今まで見向きもしなかったのに、いきなりさ」
自嘲からなのか、苦笑を浮かべながら言うセドリックだったがカノンがすぐにその言葉を撤回した。
「それは単に、セドリックが大人しかったから。今回のことでスポットライトが当たっただけだよ。自信もって胸を張ってよ、実力はちゃんと持ち合わせてるんだから」
セドリックの背中をパン、と叩きながら言い切ったカノン。
その言葉に、照れくさそうな笑みを見せながらセドリックがカノンを見る。
「そう、かな」
「私の推測を疑うおつもり?」
「そんなつもりじゃないよ」
ついにくすくすと笑いがこぼれ出したセドリックに、カノンは安心したように微笑んだ。
和やかに笑いながら雑談をする2人の姿は、傍から見るとやはり恋人同士のようで。
以前から囁かれていた、カノンとセドリック・ディゴリーが付き合っているという噂に拍車がかかりそうだ。
その証拠に、生徒たちが遠巻きに2人の様子をチラチラ伺っている。
中には指をさしてヒソヒソ始める者もいた。
だが2人はギャラリーなど気にする事無く、最近の様子、対抗試合の事、面白い本、クィディッチのコツなど様々な話題で盛り上がり、気づけばあたりは薄暗くなり、陽が落ちかけていた。
肌寒さにカノンが身を震わせた瞬間に、セドリックは自分が着ていたカーディガンを脱いで彼女に着せ、突き返される前に素早くボタンを閉めた。
カノンはカーディガン2枚重ねというスタイルになってしまったが、背の高いセドリックが着ていたものなだけあって、彼女の太股あたりまですっぽりと覆われていた。
「あ、ありがと。セドリックは大丈夫?」
「僕は平気だよ。それに、君にこれを貸しておけば、きっと君はこれを返しに来てくれるだろう?」
そう言った後に、頬を赤くしたセドリックが「ちょっと狡いかな」と照れ隠しに頭をかく。
だがカノンは焦る事も照れる事もなく、ふわりと笑んで「できる限り早くに行くよ」と返した。
「元気づけてくれたお礼だと思って」
「うん、わかった」
2人で城内へ歩きだし、大広間とスリザリン寮への分かれ道に差し掛かるとセドリックがふと歩みを止めた。
突然立ち止まるセドリックにカノンは首を傾げて振り返る。
真剣な表情をしたセドリックは、カノンの細い肩を抱え込むようにして手を添えた。
それは引き寄せるというには随分弱く優しいものだったが、カノンが後ろに後ずさることは許されなかった。
突然の至近距離にカノンがぽかんとしている内に、セドリックが彼女の顔に己の唇近づけ、すぐに離れる。
離れ際にちゅ、と可愛らしいリップノイズがしたかと思うと、カノン目の前には笑顔のセドリックが。
「じゃあね」
「え、あ、えっ、うん?」
満面の笑みのまま走り去るセドリック。
カノンは、口のすぐ横に残る感触に脳内を支配され、無意識状態でスリザリン寮へと帰って行った。
***
しばらくしてから、自室に戻ったカノンは意味不明な行動を繰り返していた。
頭の中は真っ白。ベッドに座ったかと思うと次の瞬間に立ちあがり、部屋の中を歩いて、引き出しを開いて閉じて、その場で動きを止めた後、ベッドに向かい腰を下ろす。
なんとも奇妙な姿に、部屋へ返ってきたリドルが思いきり怪訝な表情を浮かべた。
『ただいま、何してるんだい?』
「リドル・・・わ、わた、わた、わたし・・・」
『は?』
リドルの存在に気付いたカノンは何かを喋ろうとするが、彼女の口から出て来る言葉は傷のいったCDのようにどもっていた。
そして不審な顔をしたリドルが近くに来ると、途端にカノンの顔色が真っ赤に染まったのだ。
彼女は熱くなった頬を冷たい掌で冷やそうと両頬を挟むが、袖口から香って来る自分とは違う匂いが鼻孔を刺激する。
「うわぁ、うわ、とんでもない事しちゃったっていうか、されちゃった?」
『とんでもない?』
自分のものとは違う色のカーディガンを見て、更に頬の赤みを強くするカノン。
やっと人間の言葉を喋れるまで回復したのか、リドルの問いに答え始めた。
「キスされた・・・」
呆然、といった様子で放たれた言葉は、リドルにとっても十分ショッキングなものだったようで肩をいからせてカノンに詰め寄った。
『はぁ!? いつ! 誰に! どこに!』
「さっき、セ、セドリックに・・・口、の横」
律儀に全ての問いかけに答えたカノン。
リドルはその答えを聞いて、すぐに脳内に浮かんだあの顔に殺意を抱いた。
『殺してくる』
「こら!」
ズンズンと荒い足取りで部屋を出ようとするリドルを、カノンが押さえ付ける。
彼女の言葉に反応したリドルが、勢いよく振りかえってその言葉を復唱した。
『何だい、君、ディゴリーのガールフレンドにでもなりたいのかい?』
「わからないよそんなの! だって、こ、こんなことされたの、生まれて初めてだし!」
『僕には微塵も靡かなかったくせに』
「だってリドルは胡散臭かったんだもん」
そう言いつつも、セドリックとのやり取りを思い出し、満更じゃない表情をするカノン。
だがそれもリドルの機嫌を損ねる材料のようで、彼の口調が更に辛辣になった。
『僕は認めないぞ、あんなぼやけた面をしたやつなんか』
「父親でもないくせに・・・」