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ハロウィーンから数日後のこと。

相変わらずハリーを取り巻く状況は酷いもので、彼はカノンとハーマイオニー以外の生徒からは、からかいや嫉妬の目線が飛ばされたり、他寮の教師からはそれとない冷遇を受けているようだ。

そして今、スリザリンと合同の"魔法生物飼育学"ではハリーを包む空気が更に刺々しいものになっていた。


授業が始まる前に騒いでいたドラコは、ハグリッドとスクリュートの出現により一時的に黙ったが、すぐに復活し、ハリーに近づいてはあれこれ中傷を口にしていた。

その近くでスクリュートに妨害呪文をかけていたカノンだったが、ドラコの振る舞いが頭にきたのか非常に大きい舌打ちを場に残して、ハリーの腕を掴みハグリッドの元へと歩いて行った。

その場に残されたのは冷や汗をかいたスリザリン生と、青ざめた顔のドラコだけだった。



「あーばかばかしい。毎年毎年おサルさんみたいに喚いて何が楽しいんだか。ああいう手合いは気にしちゃ駄目だよ、いいねハリー」

戸惑うハリーの腕を強くひきながら、スクリュートと格闘するハグリッドの元に着いたカノン。
ハリーに向き合ったかと思うと、そんな事をキッパリ言い放つ。
その様子に、イライラしていたハリーも少しだけ笑みを浮かべた。


「君ってほんと・・・強いよね」
「ふふ、知ってる。私はハリーが潔白だって知ってるから、堂々と胸を張って反論してるの」

いつも通り、真っ直ぐにハリーを見ながら言い切るカノン。
その言葉に同調するようにハグリッドもハリーに声をかけた。

「カノンの言う通りだぞ、ハリー。気にすンな」
「・・・うん」

2人の暖かな言葉に、ようやくハリーが顔を上げる。
そして気分転換のためか深呼吸をしたが、スクリュートだらけの今、それは逆効果だったらしい。

おえっ、と言いたげなハリーをよそに、生徒たちを見るハグリッドの表情は至極楽しげだ。


「見ろハリー、みいんな楽しそうにしちょる」
「・・・今のって、生徒のこと言ってる?」
「うーん、僕は違うと思う」

ハリーの言葉に、カノンは「だよね」とだけ返した。

ハグリッドの輝く笑顔とは裏腹に、カノンとハリーの顔は引き攣っている。
それもその筈だ。スクリュートの爆発に巻き込まれ火傷を負う者、腹から出た針に突かれる者。
やっとの事で散歩用の紐を括りつけた生徒がいたが、スクリュートが前進する度に地面に引き摺られている。

そんな阿鼻叫喚の様子を見て誰が笑えようか。


しかし生徒である2人にもその試練は降りかかって来る訳で。
にっこりと笑ったハグリッドに手渡されたロープ、それを受け取らない術をハリーは知らなかった。
ハリーの真横にいたカノンはそそくさと逃げようとしたが、ハリーがしっかり彼女のローブを掴んで離さない。

嫌々ながら2人で協力をしてスクリュートを散歩させてしまおう、と無言で頷き合った。




カノンが杖を振るうと、ハリーの手に掴まれていたロープが勢いよく飛んでスクリュートの胴体の真ん中あたりにガッチリ巻き付いた。それを確認したカノンは、笑顔でロープの端をハリーに押し付ける。

何か言いたげなハリーを見てカノンは「役割分担、ね?」と可愛らしく小首を傾げ見せる。
ハリーはそのままロープを握ったが、その様子をアンクレットから見ていたリドルが心の中で「悪魔の微笑みだ」と呟いていた。


ハリーがスクリュートの手綱を、そしてスクリュートに引き摺られるハリーをカノンがそれぞれ引っ張っていると、業を煮やしたスクリュートが勢いよく尻尾を爆発させる。
バーン! という大きな音と共に3メートルほど飛ぶ身体。

もちろん芋づる式にハリーとカノンも吹っ飛ばされてしまう。


なんとか転倒せずに着地したハリーが、地面に倒れ込みそうになったカノンを支える。
だがカノンの口からは、お礼とは別の言葉が飛び出した。

「あつっ!」


右手の甲を押さえたカノンが小さい悲鳴を上げる。
それに気付いたハリーが彼女の手の甲を見ると、そこには3センチほどの火傷が出来ていた。

「大丈夫? 多分火花が飛んだんだ・・・火傷になってる」

ハリーはカノンの手を取り、ふうふう息を吹きかけて冷やしている。
だが彼女は「ありがと、ハリー」と言ってその手を引っ込めた。

しかし、右手はそのままローブの内側にある杖ホルダーに向かい、勢いよくそれを突き出した。


「インカーセラス!」

鋭い声が響くと同時に杖先からは太い有刺鉄線が何本も噴き出し、スクリュートに巻きついて行く。
先端は近くの木の太い枝に巻き付き、スクリュートが宙ぶらりんの状態でぶら下がった。
カノンは続けて杖を振るう。すると今度はスクリュートの尻尾部分に水でできた球体がくっつき、それがスクリュートの爆発を無効化していた。

鮮やかな手際も冷たい声も恐ろしいが、何より背筋を凍らせるのは彼女の表情。
授業だからという理由で、散々手を焼かされた挙句にこの仕打ちだ。
プライドの高い彼女じゃなくても怒りたくなるのは頷けよう。


「躾がなってない!」
「ああ・・・あんまり乱暴しちゃなんねえぞ・・・!」

その様子を目撃してしまったハグリッドは、うろたえながらもカノンを窘める。
だがカノンはにこっとハグリッドに笑い掛けて言い返した。

「大丈夫、殺しはしないよ。こういうのは、一度厳しくしつけないと」

その言葉を言い終わるや否や、スクリュートに向き合い杖先を突き付けながら吐き捨てるように語りかけた。


「いいこと・・・今度私に火花の一つでも飛ばしてみなさい、その素敵な尻尾を千切って他のスクリュートの餌にするから」

カノンがそう言うと、知能が無いはずのスクリュートは途端に尻尾の爆発を止め、降参の意を示すかのように動きを静止させた。

カノンは満足そうに頷いた後、有刺鉄線を取り除いてスクリュートを自由にした。
だがスクリュートはこれ以上危険な川を渡るような行為はしないつもりなのか、その場でのそのそと這いずりまわるだけだった。


その様子を見ていた生徒の反応は三者三様で、ひくりと顔を引き攣らせるロンや、彼女の舌打ちを思い出して泣きそうな顔になるドラコ、若干引き気味のハーマイオニーがいた。

ハリーはカノンを見て目を瞬かせたと思うと、はあ・・・と溜息を洩らし「強いなぁ」と呟いた。
そんな姿を見ていたのはリドルだけ。
リドルは"恋は盲目"という都市伝説に近いと思っていた言葉が、実際に目の前で起きたということに驚いていた。



ハリー以外の生徒全員が言葉を失う様な状況で、ハグリッドだけがぽつりと「いや、ありゃ俺でもわかる。強いんじゃなくて、怖ェだけだ」とハリーに言い聞かせた。





***





授業終了後、カノンとハーマイオニーはお互いの体中に消臭呪文を掛け合っていた。

その途中でハリーが合流したり、カノンが試作中の消臭薬を話題に出したりと、雑談を交わしながら大広間に向かう3人。

するとその道のりの途中で、ハーマイオニーが何か思いだしたかのように声を上げた。


「ハーマイオニー、ビックリするからいきなり大声あげないで・・・」
「私、カノンに話したい事があったのよ! すっかり忘れてた!!」

ハリーの非難の声を華麗にスルーしたハーマイオニーは、カノンに詰め寄って一枚の紙を広げた。
カノンは驚きつつも、眼前に突き出された紙に書かれた文章を目で追う。


「しもべ、妖精・・・福祉、振興、教会・・・・・・? なーに、これ」
「魔法界で奴隷とされているしもべ妖精達の権利と社会的立場を保護しよう、っていう会よ。私が立ち上げた教会なの。是非あなたにも参加してもらって、色々と意見をもらえたらって思っていたのよ」

ハキハキ喋るハーマイオニーとは反対に、ハリーは気まずそうに顔をしかめた。

「ハーマイオニー、カノンもスピューに誘うの?」
「エス、ピー、イー、ダブリューよ!」

じろりとハリーを見たハーマイオニーだったが、カノンの反応が気になるのかすぐに視線を元に戻した。
だがカノンの表情はハーマイオニーが期待していたようなものではなく、何か考え込んでいるような雰囲気だった。


「んー・・・具体的な活動としては、どんなものを予定しているの?」
「最終的には、彼らに対する杖の使用禁止に関する法律の改正や、妖精たちの意見をきちんと反映させるために、魔法生物規制管理部に代表一名を在籍させる事よ」

淀みなく答えたハーマイオニーだったが、カノンの表情が芳しくないことに気づいた。
それが己の説明不足だと思ったハーマイオニーが、更に口を開こうとすると、それを察したカノンが、軽く手を振ってそれを遮った。


「残念だけど、私はちょっと意見が違うかなぁ」
「どうして?」

怪訝な表情のハーマイオニーに、カノンは優しく微笑みながら説明をする。

「理由は至ってシンプル。しもべ妖精たちがそれを望まないからね」
「でも、それは古来からの奴隷生活によって塗り固められた固定概念だと思うわ!」

討論のような状況に少し熱くなっているのか、強めの言葉で言い返すハーマイオニー。
だがカノンは表情を崩す事無く、穏やかに言葉を続けた。


「確かに、休暇や報酬を与える事でしもべ妖精たちのやる気が出るならば、給金を与える魔法族は沢山いると思う。ダンブルドア先生だってホグワーツにいる妖精たちの要望をいくらでも訊くだろうしね。でも、妖精たちがそれを拒否しているの。刷り込みや思い込みでは無く、種としての誇りとして、それを拒んでいる」

以前しもべ妖精のドビーに会った事があるハリーは、その言葉をすぐに理解できた。
あれだけ危険を冒してハリーを助けたがっていたドビーだったが"マルフォイ家から出たい" "逃げ出したい"などとは決して言わなかった。

まぁ、自由になった瞬間に喜びを爆発させてはいたのだが、仕事に対する誇りはきちんと持っているのだろう。


「現にうちのしもべ妖精には、休暇も給金も与えているよ。本人が望んだからね。そのお陰で、彼女は普通のしもべ妖精よりもずっと有能だ」

カノンはマルディーニ家で毎日ゆったりと生活するトゥーラを思い出した。
彼女は給金を貰い、そのお金で布を買って、自分の服を作っている。
日々センスに磨きをかけるトゥーラは、最近は細々とした刺繍をするのがブームらしい。


「洋服とは、確かに自由の証かもしれない。でも働きたがっている者に対して無理矢理押しつけるものではない。決してね。それをやったら、人間の世界で言う"解雇処分"だよ」

カノンはそこまで言って、言葉を止めた。
ハーマイオニーがしゅんと項垂れてしまったからだ。
彼女は落ち込んでしまったハーマイオニーの手を握り、今までよりずっと優しい声色で語りかけた。


「きっと、そういう謙虚な種族だからこそ、魔法族よりも強い魔力を授かったんだよ」
「そう、ね・・・でも、やっぱり私は納得できないの」
「うーん、まぁ、自分の考えを押し付けるつもりは無いし、やりたいようにやってみればいいんじゃないかな? それを望むしもべ妖精が現れる可能性だってあるんだし」

にこり、と笑ったカノンにつられるように、ハーマイオニーも笑みを浮かべる。

そして、自分もカノンのようにうまくS.P.E.Wから逃げればよかった、と後悔するハリーがそんな二人を眺めていた。






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