龍の書斎(姜維と諸葛亮)


生意気な顔をして竹簡を渡す文官に礼を言い、情けない顔をして槍を突く兵に一喝し、俯く武官を励まして、剽軽に笑い訪れた商人にこちらもつられて笑いが溢れる

そうして夕暮れには文官も武官も兵も休息を取り、和やかな午後にほんの他用を思い出して、他より立派な扉を開けると、空の椅子と机がぽつんと部屋の中央奥部に居座っていた

大きな本棚に囲まれたこの部屋は、どうも入る度に気が滅入った

そこにかつての理想郷の姿を見ては頭が重くなり、膝に力が入らなくなってしまうからだ

必要な資料を取って早々に退室しようとしたのだが、どうにも足が言うことを聞かなかった
早く切り離したいのに、自分の胸の奥の感情がそうさせないのだ
忘れることなどできないのに、貴方は私の永遠なのに

指先で古びた机に触れると、何時かの思い出が走馬灯のように浮かびあがる
傍らで笑っていた、あの・・・

とうとう耐えることもできず、がくりと膝は落ち上質な敷き布に皺を作った
布は埃を被り絹の煌きを失っていた
あああぁ、と声をあげて泣き崩れ、古びた木目に縋っても、長らく置いてけぼりにされた机はいっそう己の体温を奪うだけであった

もう貴方はいない
貴方はいないのに、時折貴方の影を探すのだ
貴方の理想を追うのだ

そうして自らの手を躊躇いもなく赤に染めていく
地に転がる人を踏みつけて前に進んでも、貴方はいない
どんなに声を張り上げて、貴方の名を呼んでも、あの優しい声は返ってこない

そこでいつも、やっと気付くのだ。貴方はもうこの世にいないのだと

貴方に捧げる力も行き場を失い
貴方の為の知も空回りし
貴方といた戦場もただ風が突き抜け
士気はすっかりと威勢を失ってしまった

貴方がいなくても止まることなく突き進むと決めていたのに


私は弱い


か細い嗚咽は、静まる室内に消え入る様に響いた
和やかな午後、夕日がさす窓の外から、兵の楽しげな談笑が聞こえた




*

title...joy様




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