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「――波音ちゃん、準備が出来たら外に出てきてね」
「はーいっ」

 一階から聞こえる母さんの言葉に返事をした。
 軽いメイクをして、必要なものだけカバンにつめて階段を下りる。
 扉を開けたそこには…………佳南が立っていた。

「……佳南」
「波音、私の話を聞いてほしいの」

 真っ直ぐな瞳で言う佳南の視線が痛くて、顔を背ける。
 佳南は私の横顔を見て息を呑んだ。

「その頬の傷、どうしたのよ!」
「……別に、佳南に関係ないよ」
「関係ないことないわ! だって私達、と、友達じゃないっ!!」

 ――友達。

 いつもは恥ずかしがってそういうことは言わないくせに。
 なんでこういう時に限ってそんなこと言うの。

「波音、違うのよ。凛は悪くない。私が勝手に……」
「悪くないって、佳南はそれでいいの? それで幸せだった? 楽しかった?」
「それは、だって……」

 佳南は目を泳がせる。

「……もういいよ、私これから用があるの」

 前に立ち塞がっている佳南を押し退け、母が待つ車の元へ行こうとする。
 佳南は私の腕を掴んだ。
 そこはちょうど痣があるところで、私は痛さで顔を歪めた。

「いっ……」
「え?」

 私の様子に驚いた佳南は腕を引っ張ってじっと見る。

「ここ、痣になってるじゃない。……なんでこんな、」

 そこで一旦言葉を区切り、何かに気がついた佳南はゆっくりと私を見た。

「……リクね」
「…………」
「なんで隠してたの?」
「佳南に、関係ない」
「だから、」
「もうほっといてよっ!!」

 佳南の手を振り払って走り、車に乗った。

「波音ちゃん?」

 母さんが勢い良く入ってきた私に驚いて声をかけるが、私は黙って俯いた。
 反応しない私に母さんは何も言わなかった。

 しばらくして、後ろを振り返ると、佳南の姿はなかった。

「もう、大丈夫なの?」

 母さんが不思議そうな顔をして聞く。
 体調が悪いと勘違いしているのだろう。

「うん、大丈夫」

 母さんは休暇をもらっている間に、最初と比べて見違えるほど元気になった。
 やっぱり、仕事のし過ぎで憂鬱になっていたんだろう。

「傷、まだ治らないんだね」

 母さんが私の腫れた頬を悲しそうになぞりながら言った。

「うぅ……ひりひりするよ」
「波音ちゃんがそんな顔して一昨日帰って来た時は心臓が止まるかと思ったわ」

 困ったように微笑む母さんに心が痛んだ。
 母さんには友達と喧嘩して叩かれたと言ってある。
 だけど身体の無数の打撲の後を見たら、母さんは失神してしまうかもしれない。

「じゃあ、行こっか」




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