今もまだ、君を捕らえて放さない声が

 シミひとつない、真っ白なシーツに散らばる私の髪をレンはゆったりと時間をかけて撫でる
。まるでオールをこぐように夢の中へと誘うような手つきにただされ、私は何度かパチパチと瞬きした。
 遊び人で有名な彼は、今までたくさんの女たちと寝てきただろうが、今現在進行形で私にしているようなことを他の女たちにもしてきたのだろうか。微睡みの中で想像する。きっと、たぶん、彼はこんなことしなかったであろう。遊び人であるが、彼は同じ女と二度寝ることはないことでも有名だった。
 束の間、優越感に浸る。レンのこれは、私だけ。私だけにする愛しい、大切な人への行為。なんて、幸せな時間なのだろう。このままレンの腕の中で死んでしまっても構わない。そう馬鹿なことを考えてしまうぐらい、私は幸せだ。
「ねえ、レン」
「……なんだい、ハニー?」
 情事後特有の気怠げで掠れた甘い声が瞼に直撃する。
「私のこと、愛してる?」
 ドキドキしながら返答を待つ。彼の答えはわかりきっている。わかりきった上で聞く私はずるい女だ。安心したいから聞くのではなく、私の場合は今の私が更に幸せに、更に優越感に浸りたいからだ。全く、嫌な性格している。
 髪を撫でていた大きな手がそのまま自然な動きで背に周り、ぎゅっと抱きしめられる。密着している肌が熱い。レンの肌と、私の肌が溶けてくっついてしまわないか心配になった。
「愛してるよ」
「うん。私も、愛してる」
 数秒の間を置いて深い声で愛を囁かれ、私は満足げに同じ言葉を返した。嬉しそうにレンが笑ったのが空気の振動を通して伝わる。
 レンにとって、他の女たちと私は違うのだ。
「おい、」
 不意に私とレン以外の声が室内に反響した。私は校門付近に立てられている石像のようにピシリと固まる。
 レンよりも、高い声。私よりは低い声。固くて、澄んでいる。私にも、レンにも出せない声。
「神宮寺。女性と床を共にするならここではなく外で頼むと以前言ったはずだが」
「……聖川真斗」
 ぼそり。普段では絶対に聞くことのない、レンの一番低い声が憎々しげに吐き出されるのを私は聞き逃さなかった。先ほどは甘い愛の言葉を囁いてくれたというのに、どうして私に向かってそんなことを吐き出すのか。まあ、この状態なら仕方がないか。
「あーはいはい。すみませんね。聖川家のぼっちゃまには刺激が強すぎたかな」
「何を今更。お前のせいでもう慣れた。そういうことを言っているのではなく、常識的な話をしているのだ」
「わかった、わかった! 今度からは外でするよ」
 どちらとも苛々を隠しもせず棘のある会話が頭の上を飛び交う。最悪。先ほどまでのムードが台無しだ。
 彼、聖川真斗はレンの同室の人物だ。レンと聖川はどちらとも財閥の御曹司で、幼なじみであり犬猿の仲であることはもっぱらの噂である。
 私は、聖川真斗のことが大嫌いであった。
「三度目はないぞ」
 聖川の凛とした声が響いた後、バタンと少し乱暴気味に部屋の扉が閉じられる。予想だと、彼が仲良くしているAクラスの誰かの部屋にでも行ったのだろう。私がいるこの状態で彼が床につくのはきっとためらわれたに違いない。
 扉の音、レンは全身の力を抜きながら大きな溜息を吐いた。嫌な空気が室内に充満する。
「ハニー、ごめん」
 泣きそうな色を含ませたレンからの謝罪。
 私は返事をせず、寝たフリをした。
 そんなもの、聞きたくない。ひたすら聖川真斗への呪いの言葉を吐き続けながら、私は微睡みの中に意識を手放した。





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