困ったように微笑まないで

最近、彼氏が出来た。あたしがずっとずっと好きだった人だ。あたしにとっては念願の恋が叶ったんだけど、あたしたちは恋愛をしているわけではない。

寒空の下、サッカー部の部室の近くにあるベンチであたしは彼氏である蘭丸のことを待っていた。

震えた唇から吐き出された息は白く、薄暗い闇の中へと溶けていくのをぼんやりと見つめる。寒い。ずれ落ちたマフラーを鼻先まで引き上げ身体をぎゅっと縮こまらせた。


「まだかな。」


陽は数時間前に落ちた。天空には乳白色の月が辺りを照らしている。まるで誰もいない世界に一人取り残されたみたいだ、なんてらしくないことを思う。蘭丸に言ったら「馬鹿か。」って笑われるかな。


「悪い、遅くなった!」


不意に肩を叩かれ、ビクリと全身が跳ねる。振り返れば蘭丸が少し息を弾ませてそこにいた。鼻の頭赤い。可愛い。思わず笑みが溢れる。こういうなんともない日常を彼と共有していることを至極幸せだと思う。否、錯覚する。


「寒かった。」
「悪かったって。次の練習試合のミーティングが少しあってさ。」
「へぇ。あたしに隠れて逢い引きでもしてるのかと思った。」
「俺にそんな器用なこと出来ないって。」
「そうかなぁ〜?」


他愛もない会話。その会話の裏に、あたしはこっそり嫌味を隠す。蘭丸はそれに気付いてるのかな?彼は勘が良いからもしかしたら気付いているかもしれない。または、あたしがそんな鋭い人間じゃないと思って考えてすらいないかもしれない。


「帰るか。」
「うん。」


当たり前のようにあたしたちは手を繋ぐ。どこかで手を繋ぐという行為は凄いことだと耳にしたことがある。細かいことは忘れた。確か細胞レベルで繋がっている、とかそんな話だった気がする。でも、そんなものは形だけだとあたしは思う。


「ね、蘭丸。」
「ん?」


にぎにぎと蘭丸の温かい手を握りながら蘭丸を呼べば、蘭丸は優しい声で返してくれる。これも全部嘘なのかな。


「好き?」
「え?」
「あたしのこと、好き?」


あたしと蘭丸は恋愛をしていない。あたしは、蘭丸のことが好きだ。でも、蘭丸は違う。彼は、あたしを逃げ道に使っている。ずっと見てきたんだ。それぐらい、わかる。


「好きだよ。」


蘭丸は困ったように微笑みながら言った。しょうがないなって言うように。

それでも、それを聞いて安心してしまうあたしは馬鹿な女だと思う。


「そっか。」


あたしは涙を零さないように気をつけながら笑った。

蘭丸の後方にいる彼の後輩に見せつけるように。




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