微笑まないピエロ

そのホテルの一室は馬鹿みたいに真っ白で、腹の底の真っ黒な自分と心の闇を投影したかのように見事な漆黒の髪と瞳をしたイルミにはお似合いだろうとヒソカは内心浮き足立っていた。殺し屋であって万屋ではない、というのがイルミの主張だが、ヒソカはそれを冗談だと思っている。現に、ヒソカは今までありとあらゆることをイルミに依頼してきが、断られたことがない。ちゃんと報酬を支払うからかもしれない。ヒソカは面白半分でとんでもない(ヒソカにとっては悪ふざけ程度の)用件でもってイルミを呼び出すことも多々あったが、イルミは淡々と(時折文句を言いながらも)、彼自身の(そしてそれは延いては彼の家の)度が過ぎたプロ意識でもって完璧に仕事を捌いた。そして、自らの働きに値段をつける。ヒソカの懐事情などお構いなしに請求する。ヒソカはその瞬間がいたく気に入っていた。仕事を片付けたのはイルミなのに、ヒソカが採点されているような、そんな気分になる。大抵の場合、ああこの位の値段なのか、とヒソカは納得した。イルミ以外の殺し屋とは縁がないので。大体、ヒソカは殺したくなったらそのことを脳が認識する前に殺してしまっているような、殺し屋要らずの性格と実力をしている。だから、イルミは特別。わりとマジになって言ったのに、イルミはあのツルッとした剥きたてのゆで卵みたいな顔面に力いっぱい嫌悪感を滲ませた。可愛かったから、また言ってやろう。ヒソカはそう心に決めている。自分に嫌なことがあって、イルミを精神的に巻き込みたくなったその時に。
「今回はいくら?」
「前回と同じでいいよ」
要するにヒソカはイルミを気に入っている。殆ど恋したり愛したりしちゃってるレベルだと言っていい。ヒソカがそれに気付かないのは、或いは気付いても露ほども気にとめないのは、彼にとってその程度の恋愛対象はいくらでもいるからだ。彼が惹かれるのは純粋な力にのみ。彼の恋は殺し合いの中でしか実らない。成就した時点で自分か相手のどちらかがこの世から消えてしまうだろう。かといって生死をかけない闘争のなんと虚しいことか。星屑のように散らばった儚い片想い。叶うことのないそれらは美しいままでヒソカの淀んだ腹の中で消化されていく。だけど、イルミは特別。気を取り直してヒソカは思う。
「ボクのこと、いくらで抱いてくれる?」
イルミにそう尋ねたのはヒソカが幻影旅団に入る以前のことで、ヒソカは服装の方向性が定まらずに迷走してホストみたいな恰好でその辺りをうろついていたし、イルミの髪だってまだ肩より短かった。最初からそのつもりだった訳ではない。呼んでみたものの、イルミに頼みたかった仕事は勢い余ってヒソカが自分で片付けてしまっていたのだ。来てもらっておいて仕事がない、というのは失礼だろうと、ヒソカがヒソカなりのスズメの涙ほどの良心でもって奮った常識の結果がこれである。イルミが動揺することをヒソカは期待していた。その反面このくらいで動揺するようなら自分はこの青年を気に入ったりしなかっただろうな、とも思った。ヒソカの予想は当たった。イルミは瞬きを一つして、顔色一つ変えずに値段を告げた。娼婦を抱くには法外な、人を一人殺すには妥当な金額を。売春の相場をイルミは知らないのだろう。ヒソカだって知らなかったから、それで話がまとまった。気持ち悪い、と言いながら上着を脱いで、イルミはきっぱりと断りをいれた。
「オレ、男としたことないから」
ハジメテかい、嬉しいねぇ。百戦錬磨のヒソカは舌舐めずりした。以後、二人の関係は続いている。イルミは随分な高級娼婦だ。気乗りしなければ帰ってしまう。肝心の行為にしたって愛撫もなにもあったものじゃないか、痛いほうが感じるヒソカにとっては好都合だ。一度喘ぎ声が煩いからと丸めた下着(勿論ヒソカの脱ぎたてホヤホヤ)を口の中にねじ込まれた時なんて、それだけで絶頂を迎えてしまいそうだった。刺激が足りない時は刺してくれと強請れば、あの無骨な針でヒソカの背中のあたりをグサグサと遠慮なく刺した。突き刺すといえば、ヒソカの後孔に玩具を挿入して仕舞にされることも多い。自分はノーマルだ、という主張通り男に興奮する訳ではないイルミを勃たす為に、ヒソカは並々ならぬ努力を重ねているが、どうやらイルミのほうは奉仕するのもされるのも嫌なようで、途中で面倒になって自分の首辺りにこれまたグサグサと針を刺してドーピングの要領で性的興奮を高めてヒソカの相手をするのが常だった。これは自分の色香に絶対の自信を持つヒソカにとっては少々屈辱的な事態だったが、相手にそこまで嫌なことを強要している惨めな自分、というのはヒソカ的にお気に召したので放っておいたら、二人にとって脳内麻薬を垂れ流しながらの無理矢理な性交が当たり前のことになっていた。
「なんかもうスポーツみたいなモンだよね、遊びの延長っていうかさ…」
なんでもないことのようにイルミが言うものだから、ヒソカは微かに口角を吊り上げるだけにとどめた。それってマンネリなんじゃない?とは言わなかった。無理強いしていたのはヒソカのはずだが、イルミがサバサバと仕事として割り切っているので、二人の関係は対等だと錯覚しそうになる。着替え終わったイルミがこちらに手を伸ばしてくるので、何かと思えば首の後ろに針が刺さったままだった。
「はい、これ」
「ナニコレ?」
「ラブレター、お前宛の」
イルミは白が似合うなぁ…なんてのんきなことを考えていたヒソカの表情が曇る。イルミが差し出してくる白い白い白いその長方形は、この部屋よりもまだ白々しくヒソカの眼に映ったもので。
「誰から?」
「ヒソカは知らないと思うよ」
「女の子?」
「当たり前だろう」
「そのこ、強くはないでしょ」
「そうだね、守ってあげたくなる感じ」
ヒソカはイヤイヤと首を振ってこれまた白いシーツに潜ってしまう。ヒソカは別に女が嫌いなわけではないけれど、突っ込むよりは突っ込まれるほうにカタルシスを感じるし、イルミに恋文を持たせた女がイルミより美人であるとは思えなかった。それに女の何が面倒くさいって、性の快楽が日常に直結しているところだ。女って孕むんだぜ、冗談じゃない。気持ちいいことが気持ちいいだけで終わらないなんて、ヒソカにとっては悲劇だ。穴を探して潤して、機嫌を気にしながらちょっと挿入させてもらうだけのそれに一体どれほどの価値があるだろう。穴なら一応男にもある訳だし、そこを使うほうが余程安心で安全で楽しいようにヒソカには思えた。では、男なら相手は誰でもいいのかと問われればそんなことはなく、むしろヒソカの性交の相手となるには厳しい条件がある。それが男でも女でも。一つ目は容姿。ヒソカは自分の見目麗しさを熟知しているから、自分と並んでも引けを取らない者しか相手にしたくなかった。二つ目は戦闘能力。そもそも、ヒソカは強い奴かいずれ強くなりそうな奴にしか興味がないのである。イルミはパーフェクトだ。拗ねたふりを続けながらも、ヒソカは内心で絶賛した。ヒソカが受け取ろうとしないので、イルミは手にした封筒を破いてゴミ箱に放り込んだ。紙の破れる音に、ヒソカは不思議と興奮した。もしかしたら踏みにじった顔も知らない誰かの想いに、かもしれない。
「ヒソカ、オレさぁ…」
瞼を開けたり閉じたりしながら、ヒソカはイルミの声を聴いている。相変わらず抑揚のない喋り方だ。心が籠ってない。心なんかないのかもしれない。ヒソカにお金で買われ続けてる、可哀相なお人形。ヒソカはそう思っている。イルミは多分そう思ってない。
「あの娘が好きなんだ」
本当かな、嘘かもしれないな、顔を見たってきっとわかりはしないから、ヒソカはそのままでいた。笑うことも忘れて。どちらのものかよくわからない闇を抱えて。異常な性癖ごと、その姿を白いシーツに隠していた。





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