納得なんか、私だってしてない

決して叶わないと知りながらも諦められないのは何故なのだろう。
わたしも、彼も、望みのないことを望んで、期待して、絶望する。わたしは彼に、彼はあのひとに。
絶望するばかりで、決して報われない想いを前に、虚しくならない?とかつてわたしが訊ねたとき、しかし彼は苦しいように小さく笑ったのだった。
彼のその表情(かお)をわたしは嫌いだった。だって彼のその表情は、彼の気持ちの深さや重さを如実にわたしに知らしめすだけなのだった。そうしてわたしは、自分からそれを訊いておきながら、とても苦しがった。
どんなにわたしが女としてかわいくなったって、きれいになったって、彼はわたしを見てくれやしない。わたしをわたしが彼にしているように恋し、愛してくれない。わかっている。わかっているけれど、今さらになってそれが、ひどくつらい。
わたしの目の前にいる彼は、いま、どういう気持ちなのだろうか。彼は、整ったそのパーツの一つ一つをいたいたしいまでにひどく歪めて、いまにも、泣き出してしまいそうな表情をしている。

「どうしたの、」

ちいさな声でそっと訊ねた。彼の、きつく握りしめすぎて、白くなった手を見つめる。
わたしがもし彼のほんとうの恋人ならば、ここで彼の手をそっと握りしめて、やさしく抱擁することができるのに。わたしには、そうする権利も、勇気さえもない。だけど、正直、わたしは彼に触れたかった。彼に触れて、彼の苦しくて痛くて辛いのを、わたしがどうにかしてすこしでも取り除いてあげたかった。それができないのは、わたしは彼を好きだけれど、

「──…あいつに、彼女ができたんじゃ」

苦々しく、噛み締めるようにゆっくりと吐き出された言葉に、わたしは無意識に出しかけていた手を引っ込める。それから、わたしはそっと目を伏せた。彼の、その表情を見ていたくなかったのだ。

「──聞いたよ。E組の、かわいい子でしょう」

女子の情報の回りは、すごいんだから。
面白くもなんともないけれど、この、いまにも凍えてしまいそうな空気をすこしでも和らげたくて、茶化すようにそう続ければ、は、と彼がちいさく笑いとも、ため息ともつかぬ声をたてた。

「──うらやましい?」
「なんで」
「だって、仁王、そんな顔してるでしょ」

そういえば、彼はそんなことなか、といまにも消え入りそうな声でつぶやいた。嘘ばっかり。
そうやって、強がって、虚勢を張って、誰にも弱味を見せず、自分を見せず、愛する人に想いを告げられもせず、ただただ己の悲境を自慰的に見つめ続けるのだ──彼も、わたしも。

「…なあ、」
「ん」
「お前さん、虚しくならんのか?」

ぽつり、響いたおとに、わたしは心臓をわし掴まれたような痛みに襲われる。
何に対してなのか彼はいわなかったけれど、この状況で彼がわたしに訊ねるだろう虚しさは、きっと、かつてわたしが彼に訊ねた虚しさと同義なのだろう。わたしは、うつむいたまま口を開いた。

「──虚しいよ」

だって、わたしは仁王がすきなのに、仁王はあの人がすきで、だけどあの人はあの子がすきで、あの子もあの人がすきなのだ。わたしや彼が入る隙なんてどこにもありはしないのだ。でも、彼は決してあの人を想い続けるのをやめようとしない。よき友人として、仲間としての位置を保ち続けて、ずっとそばにいたがった。わたしも、彼を想い続けるのをやめられないから、名目だけでも彼のそばにいたがった。
すきだという、愛しいという気持ちはどこまでも続いて溢れていくというのに、わたしたちにはそれを受け止めてくれる誰かがいない。これを、虚しいと言わずして何と言おう。
ただ、誰かをすきになって、想い焦がれて、どうしようもなくなって、それでも、決して叶わないと知りながらも諦められないのは何故なのだろう。わたしも、彼も、望みのないことを望んで、期待して、絶望する。わたしは彼に、彼はあのひとに。

「──納得なんか、私だってしてない」

この絶望に、虚しさに、気持ちに、関係に。
わたしがそういうと、彼はそうじゃな、とちいさくわらった。




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