押さえ込んだ言葉

「今から、行ってもえぇよな?」

ちょうど10分前に忍足くんからかかってきた電話。疑問系で聞いているにもかかわらず、返事も拒否も許さないような有無を言わせないような声音。案の定、私が何かを言い出す前にぶちり、と切れた電話に無機質な電子音だけが耳に響いた。きっと、彼はあと15分もすれば私の家のインターホンを鳴らすだろう。跡部くんの家からだいたい20分くらいあるから。部屋が散らかっていてさすがにこんな部屋に迎えることは出来ないと、私は片付けをしながら彼を待った。



あれからきっちり15分。予想していたとおり、インターホンが部屋に鳴り響いた。ちょうどお湯を沸かしていたので、一度火を消してから、玄関に向かう。一歩、また一歩と玄関に近づいていく度にひんやりとした空気が私の体を突き刺してくる。がちゃり、扉を開くとさらに冷たい空気が吹き込んでくる。思わず目を閉じ、開いたときに目に飛び込んできたのはインターホンを鳴らした張本人のとても暗い顔だった。私の家に訪問される度にそんな顔をしているが、いつものことだ、と割り切れないのは私が彼に盲目的な恋をしているからなのだろうか。一瞬、歓迎の言葉を忘れてしまいそうな、何かを言い出せないようなそんな感覚に陥りそうになってしまう。

「いらっしゃい。…、あのさ、また、」

跡部くんのところに行ってきたの?なんてわかりきっている言葉を吐きそうになるが、あわてて制止する。以前この言葉を言ってしまった時、酷く冷たい目で睨まれたのだ。まさに絶対零度とはこのことか、と言えてしまうほどの、目。まるで凍って、そう、それだけで凍ってしまいそうなくらいだった。とにかく、あの目は私を酷く真っ黒な恐怖に落としたのだ。あとにも先にあんな目を見るのはあれ一度きりにしてしまいたかった。一度目を閉じて深く息を吸い込んで、言いたかった言葉をため息にしてはき出す。白くなった蒸気が冷たい空気にゆっくりととけ込んでいったのを目に映す。

「とりあえず、入りなよ。寒いでしょう?」

「おおきに」

忍足くんの弱々しくて、力のない声が私の耳に入ってくる。跡部くんのところに行って来たときの、いや私の家を訪問してきた時はいつもそうだ。つまり、彼は跡部くんのところに行って、これでもかってくらいに酷く傷ついてから必ず私の元へ来る。まるで学習能力が欠けているのではないか、と感じさせるくらい、毎回暗い顔で。そんなちぐはぐな関係が出来上がってしまったのは、忍足くんは跡部くんが好きで、私が忍足くんのことを好きだから、そして忍足くんが私の気持ちを知っているから。

つまるところ、忍足くんは、ずるい。なぜなら、私が離れられないように、時々人には見せられないくらい弱い部分を見せてくるから。私が弱い部分を見せたとしても、優しくはしてくれるけど、それ以上の感情を持って接してくれないから。そんなことをしたって虚しいだけなのに。跡部くんが忍足くんのことを同じように想ってくれることなんてないというのに。忍足くんが私のことを想ってくれることもまた然りだけれども。

「すまへんな、突然」

電話の時はきっと跡部くんの近くにいたんだろうな、なんて思った。私の家に来たときとさっき電話してきたときの声音が違いすぎるから。どうして跡部くんの前ではいつも強くあろうとするのかが私にはさっぱり解らなかった。跡部くんのことで辛いなら、跡部くんの前で辛いところを見せてしまえばきっと楽になれるはずなのに。私だって忍足くんとはこんな関係だけど、弱いところを見せてしまえば少しは楽になる。ない、とは解りきっているけれど、このときだけは思ってくれてるんだって愚かにも思えるのに。たとえ偽りの時間であろうとも嬉しくなってしまうのに。どうして忍足くんはそういうふうにしないのだろうか?そんなことを想いながら、忍足くんの方を盗み見る。何かに思い詰めたような、違う、跡部くんに対して思い詰めたような表情をしていた。長く忍足くんの事を見ていたせいか、すぐに解ってしまう自分に嫌気が差す。同時にここまで思い詰めさせることが出来る跡部くんに対して怒りに近いような、なんと言えばいいか解らない感情が込み上げてくる。すると突然忍足くんの声が私に向かって投げられた。

「なぁ、今からおれと、……いやらしいこと、せぇへん?」

「…えっ?あ、」

そう言われるやいなや、ソファに押し倒される。視界には真っ白で何も感情のないような天井と、忍足くんの跡部くんを思いやる時の顔。必死に抵抗するも、私じゃ彼をどかせることなんて不可能だった。真剣な彼にされるがままになるのかもしれない、と思ったら急に忍足くんが怖くなった。確かに忍足くんのことは好きだけど、こんなこと一度でも願ったことなんてなかったのに。今、彼の頭の中は跡部くんで満たされている状態だというのに。私を心まで無視しておきながら、その発言はないのではないか、悲しいのかよくわからない複雑な表情はないのではないか。なんて、思考を巡らせながら、手と足を必死にばたつかせる。それでも、力の差は歴然としていて。忍足くんのきれいな顔が近づいてくる。その瞬間、びくり、大きく体を震わすと、忍足くんがはっと我に返った。

「…、すまん、どうかしとったわ」

「いや、別に、大丈夫だから、ね?」

やっぱり、忍足くんはずるい。私が何をされようと嫌いになれないわけない。それを解っての行動でしょう?きっとこの先、これ以上のことがあっても、私は忍足くんのことを嫌いになれないだろうな、なんてぼんやりと思う。ずるずるとこんなよくわからない、他人に理解されないような関係を続けていくんだろうな、とも。こんなことをしていたって私も彼も報われないし救われるわけがない。こんな初歩的なことくらいお互い理解しているのだ。でもお互いやめる術を知らないだけの子供でしかない。

(私たちはお互い優しさを貪って、どん欲に求めて、なくなるまで啄んで、そしてお互い同じ時にいなくなってしまえばいいのにね。そしたら、それ、私の幸せの形)

これ以上の関係なんてどうでもいいのかもしれない。何もなくなるまで忍足くんと一緒にいられればそれでいい。喉元まで出てきた言葉をぐっと飲み込んで。胃の中で消化してしまえばいいのに、なんて不可能な事を考える。何を思ってもうまくいかないのは悲しいことに知っているし、叶いもしないのだ。だから、せめてと、忍足くんの頬にキスをしてみた。初めて私の唇に彼の感触を感じた。これできっとこれから先、わたしの幸せの形はくちびるをわってでてくることは、ない。





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