いつか僕が帰る場所

思えば、僕とタミヤくんがやっていたことはゼラとジャイボの真似事でしかなかった。手や口を使って、お互いを気持ち悦くしあって、自分を慰めるみたいに相手の反応を窺うだけの行為。僕たちにとっては遊びの延長だったけど、他人に知られる訳にはいかないのもまた事実だった。僕たちの秘密の逢瀬(なんてロマンチックな呼び方をするにはあまりにも即物的なそれ)が実現するのは光クラブの解散の後、誰も基地にいないときだけだったので、回数自体はさほど多くなかったように思う。ゼラとジャイボがそういう目的で使っていることが多かったし、タブセくんがさっさと僕とタミヤくんを含めて三人で帰宅したがった。タミヤくんと二人きりのとき、あの廃墟は途端に表情を変えて、かつてまだ三人だけの光クラブだった頃のように僕の心をときめかす場所になった。僕は懸命に甘えてすがってタミヤくんに奉仕したけれど、タミヤくんの態度は一対一だろうとその他大勢いようと大した変化は見られなかった。誰にたいしても面倒見がよくて優しいタミヤくん。そんな彼は自慢の友人だったけれど、この時ばかりは素っ気ないように思えて少し恨めしかった。こんな僕の女々しさを、タミヤくんは笑って許した。
終わりは唐突に訪れた。いつも通りに煙に覆われた黒い空の下で、あの汚ならしい廃墟で、僕たちの秘密の場所で、光クラブは終演を迎える。どんなグランギニョルも終わってしまえばただの喜劇だ。僕はいろいろあって怪我をして入院していたので詳しい経緯は知らないけど、退院してみたら僕たちが占拠していた廃墟の地下が丸々水に沈んでいた。開いた口が塞がらないとはこのことだ。僕はここで起こった出来事をいろいろ思い出そうとしたけれど、タミヤくんの顔しか浮かんでこなかった。そうこうしているうちに、僕が十四歳でいた一年が終わった。
ライチ畑が燃えて、秘密基地が沈んで、ライチが壊れて、結局僕たち光クラブは自然解散することになった。もともと僕にはゼラの目的なんて理解できなかったし、タミヤくんと一緒にいたくてクラブにいただけだったから、特に惜しいとは思わなかった。僕たちは口裏を合わせたかのように皆一様に口を閉ざし、誰にも何も語らなかった。結果として、僕はメンバー全員と疎遠になり、そのまま卒業することになった。信じられないことだけど、タミヤくんともそれっきりになった。彼が僕を避けている、という事実に気づいたときには足元がぐわりと揺れた気がした。
僕はタミヤくんとは違う高校に進学したけれど、夜のオカズは相変わらずタミヤくんだった。もう記憶の中にしか存在しない廃墟の奥に置かれた檻の中に二人きりで横たわり裸体を絡ませる僕とタミヤくんを思い出せば、僕はいつでも欲望の残滓を吐き出すことができる。汚らわしい恋心。それはどこか澱みきったこの町に相応しい気すらした。
「カネダくんが、好きです」
「え、あ…ありがとう」
こんな僕を好きになってくれる女の子がいるなんて信じられなかったので、僕は面食らってしまった。それこそタミヤくんならともかく。断る理由はなかったので、僕はその娘と付き合うことになった。触れたいとも抱きたいとも思わなかったけど、並んで歩くだけで嬉しそうな女の子を見ているのは悪い気分じゃなかった。これがタミヤくんだったらと、思わない訳ではなかったけれど。
「お、カネダじゃん久しぶり」
「あ、た…タミヤくん」
「お互いかわんねぇなぁ…もしかして、彼女?」
下校中、土手でタミヤくんに出くわした。丸一年ぶりくらいだったが、彼はあの日時間を止めてしまったかのように僕がよく知る彼のままだった。体の芯が疼いて、僕は反射的に否定しそうになった。それをしなかったのは見慣れないブレザー姿の彼の学生カバンに、ハートの半分をかたどったキーホルダーを見つけたからだ。タミヤくんにも恋人がいる。それも隠さずに堂々と付き合っている。きっと可愛い娘に違いない。その事実は僕の口の端を痙攣させて、無理矢理笑みのかたちを作るのには十分すぎるくらいだった。
「そう、だよ」
「そっか〜、こいつ頼りないけど優しいやつだからよろしくな」
「まかせてください!」
「ははは…」
タミヤくんはまるであんなことなかったみたいに明るく笑ってそんなことを言う。何も知らない少女が無邪気に応じた。僕はまたぐわりと足元が揺れて、心臓が割れたんじゃないかと錯覚した。タミヤくんの姿が滲んでいく。真似事でも好奇心でもなんでもいい。僕は抱きしめたいんじゃなくて抱きしめられたかったのだ。爛れた恋心。大好きな人と過ごしたあの場所は今はもうない。あの日に帰りたい。





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