君の「ほんと」を知ってるよ

立派な校門をくぐると大きな噴水がある。先ほどからずっとそのへりに座ってある男を待っているが、あちこちから投げ掛けられる視線が気になって仕方ない。わたしが他校の、しかもここら辺りでは名の知れた女子校の制服を着た生徒でこの学校の秀才と顔が瓜二つだからだろうか。それとも、


「Bonjour、久しぶりだね?」
「こんにちはフランシスくん。はい、ようやく外出許可がとれたもので」
「菊ちゃんは部活、アーサーはもう少しで来るよ」
「そうですか。あ、」


湧き出る噴水の奥の階段を、真っ赤な薔薇の束を抱えたくすんだ金髪の男が駆け降りてくる。先ほどアーサーと呼ばれた男だ。手荷物をなるべく小さく纏めて膝の上に乗せた。


「悪い。遅くなった」
「いいえ、今着いたばかりですから」
「そうか」


わたしに向かって申し訳なさそうな表情をするのを、フランシスくんは恨めしげに眺める。


「お前みたいな奴を待っててくれる子がいるなんて!薔薇なんか抱えちゃって、お兄さんにも紹介してよね」
「うるせえよ、おらもうあっちに行け」
「痛っ!彼女が絡むと余計乱暴なんだから…じゃ、俺は戻るね。Au revoir!」


さようならをして校舎に戻るフランシスくんをにこやかに見送っていると横の男が憎たらしく目を細め鼻で嘲笑った。


「相変わらず、猫かぶりが上手いなぁ?」


さっきまでの演技もどこへやら。本当に口調と表情(かお)だけは本田そっくりだ、と言うアーサーは呆れたように首を振る。
当たり前だ。
わたしと菊は双子なのだから。
似てないと言えば性格くらいだろう。


「菊と話すときの貴方ほどじゃなくてよ、この変態」
「ハッ!ようやく本性出したな」


じろり、わたしの言葉に否定をしない男へ視線を向けて口角をあげる。と同時に立ち上がってスカートのホコリを掃った。フランシスくんの言う通り、わたしたちは表向き彼氏彼女という関係だ。表向きは。
実際の二人は相容れない関係にある。世間一般の人から見ればわたしたちが異常であるのは同じなのだけど。


「変態、か。ふん、お前もだろ」


それにしても手荷物が重たい。
本鞄は既にアーサーに持たせているけれど、一ヶ月分の着替えが入った鞄は洗濯したと言えどもさすがに持たせられない。そんな鞄の重さは相当のものだった。はらうように手を振って早く歩き出すように促す。


「兄弟しか好きになれねえくせに」


皮肉たっぷりの顔で「待たなくて良いのか」なんて今更なことを言う男が差し出す左手に右手を寄せて目を逸らす。わたしは、今、上手に演じられているだろうか。本当に仲が良いんですね、と電話口で告げられた菊の声が頭の中で反響する。


「なによ。貴方こそ、菊のことそういう目で見てるんでしょう?同じ男なのに」


門を出るとき、アーサーは少しだけ振り返り、そのまま東棟3階端の窓を見て口許を緩めた。


「歩き方までそっくりだ」


ああ、繋いだ手が、腕が、胸が痛い。




*****




休日、菊の友達のフェリシアーノくんから突然電話が掛かってきた。幸いにも、相部屋の子はついさっき図書館へ行ってしまったからゆっくり話すことができる。


《ヴェ〜、この前来てたんだってー?》
「はい、ちょうど通り道でしたので」
《どうせ早く寮に戻っちゃうんだから上がって来ればよかったのにー。菊も会いたがってたよ?》
「そう、」
《まだ、ダメなの?》


わたしは今でも本当に菊のことが好きなのだろうか。
菊とはわたしがこの学校に入ってから録に話したこともなければ会ったこともない。月に一度、彼らの学園の前を通るときに見掛けるだけ。何故?それは、わたしが菊へどんな風に接していいのかわからないから。


「……」
《ヴェ、困らせてごめんね。でも俺たちはずっと待ってるからね!》
「……ありがとう」


いつからか、直接話すことが出来なくなってしまった。一緒に生活することが出来なくなってしまった。今でも度々電話で話すけど、菊はわたしとアーサーが付き合ってるらしいということ以外、何も知らない。わたしが家を出た理由も、アーサーが菊のことを好きだと言うことも。知っているのはフェリシアーノくん、アーサー、多分だけどフランシスくん。菊はわたしが黙って家を出た理由を、気を使って直接訊いては来ない。他の人たちも何も言わない。
どうしたって、わたしに勝ち目はない。


「ずっと、ね」


息を吐き出して携帯を閉じる。
アーサーはもう、自慢の花束をプレゼントできただろうか。そうすれば、わたしもようやく解放されるのだろうか。本日二度目の着信に携帯が震える。ひどく腕が怠かった。






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