紹介できない想い人
女は幾つになっても恋愛話が好きなようだ。それが例え、小学生のませた子どもだろうが、私くらいの成人して数年経った女だろうが、三十代四十代を越えた人だろうが。一概に皆が皆、とは言わないが。 今日は友人数名と居酒屋で飲んでいた。内容なんて毎回似たようなものだ。最近の近況から始まり恋愛話で盛り上がって、気が付いたら帰る時間になっている。今は私の向かいに座る子が彼氏の愚痴をこぼして、それに共感するように皆がうんうんと頷く。勿論私も。一通り話してすっきりしたのか、彼女は私に話題を振ってきた。 「あんたはなんかネタ無いの?」 「残念ながら今は枯れ果ててるからさ、皆の惚気でお腹いっぱい」 えーやらつまんないやら言われつつも笑っておけば、他の子の話題に移った。それにまた私は頷く。 彼女達と私がどんなに仲の良い関係でも、これだけは言えなかった。
少し体がだるい翌日の夕方、私が働くバイト先に仁王が来た。私は仁王の手に持つ文庫本を受け取り、315円で御座います、と事務的に声を出す。 「今日何時に終わるん?」 「18時」 仁王は生意気にも千円札を出した。中学生がそんなにぽんぽん札を出すなと何時も思う。しかし今は小学生も万札を出す時代だからまだましな方なのかもしれない、と内心一人で納得しつつ文庫本を袋に入れると仁王に差し出す。1000円お預かり致します、とまた声を出す。 「んじゃ待っとくぜよ」 「部活は?」 685円とレシートのお返しで御座います、とお釣りとレシートを両手で渡す。その時に一瞬指が触れてどきりとした。“詐欺師”などとふざけた異名を学校で付けられているらしい彼は、それに気付いたのだろうか。 「今日は自主トレだけで終わったんじゃ」 「ふーん」 「じゃ」 去っていく仁王に、ありがとうございましたー、とお決まりの挨拶をして次に待っていた人の接客に移った。18時まで30分を切っていた。
バイトを終えて携帯電話を見ると、近くのマックで待っているとメールが来ていたので、返信せずにそのままマックへと向かった。 「……お待たせ」 「おん」 此処に来て直ぐに買ったお茶とハンバーガーを持って、仁王の向かいになる席に座る。 「で、今日は丸井くんは?」 「赤也とゲーセン行くんじゃと」 「ふーん」 ハンバーガーの包みを半分ほど開き、それに噛み付く。ざまあみろと、その丸井くんとやらより今あんたの前に居る私を見てよと内心呟いた。生粋のゲイにそれを思うのは無理が有る話だが。そんな私の心境など知る由も無く(いや、仁王は敏いから知っているのかもしれないが)仁王は続きを話す。 「何時もは俺を誘うんに、今日は赤也を誘った」 「嫌なら割り込めば良かったじゃん」 「そんな事出来ん」 嫌われとうないんじゃ、と話す仁王は年相応のようで、全く年相応に感じられない。こんな中学生は嫌だ。そう思うのに、私は彼から目が離せなかった。五つ以上も年下で言葉遣いが意味不明でぱっと見銀髪が白髪に見えるような残念過ぎるゲイの仁王を、私は好きになってしまったのだ。自分自身何故なのか不思議でならない。ただ、一生報われないであろう事だけは解る。 こんな事、どんなに仲の良い友人にも話せる事じゃない。話せば私は慰められるかもしれない。けれど、仁王の存在はきっと否定されてしまう。そんな男やめなよと片付けられてしまう。私はそれが耐えられない。だから何時も恋愛話になると話を誤魔化す。 「ほんと、あんたは勿体無いね」 「お前さんもな」 「……ばーか」 私なら、私ならば。そう思いながらも私は姉のように、友人のように、彼の頭を撫でてあげる事しか出来ない。それを心地良さそうに甘受する彼を、愛しいと思わない筈が無いのだ。でも仁王は私を姉、或いは友人としか思っていないだろうから、この想いは伝えないと決めている。結局このむず痒いくらいの距離が私達には丁度良いのだろう。 「今日はどうするの?」 「明日休みじゃけ、泊めて?」 「はいはい、飽きるまであんたの愚痴を聞いてあげますよっと」 「……あんがとさん」 へにゃりと笑う仁王はまるで恋する乙女のように女々しくて、昨夜の飲み会を思い出した。 「なんか私達ってさ」 「ん?」 「女子会で恋愛話してる女子みたいだよね」 「……そうかもしれんのう」 私達は情けない表情で笑った。
五つ以上も年下で言葉遣いが意味不明でぱっと見銀髪が白髪に見えるような恋する乙女思考の残念過ぎるゲイの仁王を、人様に紹介出来る訳がないと、私は買ったお茶を飲みながら改めて思った。
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