誰を見ているのか知ってるよ



 
 初めて彼を見たときは、私も驚いた。
 まさか血縁以外で――そもそも血縁の中でさえも稀であった為に、尚更――私と全く同じ赤を有する人がいるなんて、思ってもみなかったから。

 彼は、デイダラくんの大切な人だった。
 一応、二人は周りに関係を明かすようなことはしていなかったらしい。それでも、そのお互いの想い合い様は周知の事実だった。

 そして、私は気づいていた。
 時折、彼がいないときにデイダラくんが私を…いや、私の髪を見てどこか――否、別の何かを、愛おしげに見つめていることに。
 私はもう随分前からデイダラくんのことが好きだったのだから、それに気づくのは…当然。


『お前の髪、綺麗だよな。うん』


 そう言ってひどく穏やかな様子で微笑まれる私の心情は、実際複雑だった。




 そんなある日。

 私の嫉妬と羨望。そして、デイダラくんの情愛。
 それらのどろどろとした、まさに人間らしい感情たちを、"それ以外"の存在として。その美しい顔を少しも崩さず、飄々と受け止め続けていた彼が―――死んだ。

 任務から戻ってきて直ぐのデイダラくんは、まだしゃんとしていた。しかし、リーダーへの報告を終えてしまえばまるで魂が抜けてしまったかのようにぼおっと、ここではないどこか虚空に目を凝らしていた。
 私がどんなに声を掛けたところで、何の反応も見せない。


 …―――だから私はデイダラくんの目の前でばっさり、髪を切った。

 丁度彼と同じくらいの長さになるように、狙って。

 驚きに見開かれた青の瞳。その中で、彼と同じ赤が舞う。
 デイダラくんの虹彩の奥で刹那にして生気が戻ったその瞬間を、私は決して見逃さなかった。
 色の変わったその目の中を覗き込み、私は長い間募らせてきた熱すぎるそれをぽっかりと見えたデイダラくんの心の隙間に滑り込ませるようにしてするり、シンプルな言葉に乗せた。

『私、デイダラくんが好きなの』

 私はデイダラくんの傷心につけ込み、浅ましくも自分の想いを告げたのだ。

 身代わりでも良いから、と。そう言った言葉は私の本心だった。


 だから、これは私が望んだこと。



 全部全部、私が―――…









 碌に慣らされてもいない後孔に、めりめりと割り込まれる。
 それは愛しいデイダラくんの熱、なのに。


「……ッ…」


 痛い。…苦しい。

 デイダラくんが愛してくれるんだから、有り難いと思わなきゃ。
 私は必死で、自分にそう言い聞かせた。

 デイダラくんは私が声を出すことを好まない。だから、悲鳴は唇の下に噛み殺した。じわり口内に血の味が滲んだような気もしたが、どうでもいい。
 だってデイダラくんは私にキスをしてくれない。
 今までも。これから先も、ずっと。


「…だっ、な……ぁ」

「………」

 腰まであった自慢の髪は、もうない。私がこの手で断ち切った。
 総てはデイダラくんに愛される為。


 なのに、


「――…旦那…ッ…!」

「…っ…」

 デイダラくんは今日も、私の名前を呼んでくれない。
 私の顔を、見てはくれない。

 解っている。私が今こうしていられるのも、全てはこの珍しい緋色の髪のお陰。

 解って…いる。



 デイダラくんの熱を受けている間、私は、私を殺す。
 喋らない。抵抗しない。悲しいなんて感情も、要らない。
 デイダラくんの求めるものはそれだから。燃えるような緋の髪を持つ、彼によく似た"もの"。彼もまた、ある種の人ならざるものだったから。

 そして私が"もの"となるのはもう一つ、ある種の自己防衛の為でもあった。
 そうでもしなければ、私は壊れてしまう。


 ……辛すぎる。



「……きだ…」

「……っ…」

「好きだ……旦、なっ…!」


 がつがつと楔が打ち付けられるその場所は、本来排泄のためだけに使われるもの。
 その熱に子宮を突き上げられたことはない。私は―――処女だ。



 ぽろり、


 …涙が溢れた。


 だけど、デイダラくんは気づかない。背後から私を攻め立てるデイダラくんの瞳に、私の顔は映らない。目を閉じて、ひたすらに快楽だけを貪り、その瞼の裏に別の人を見てる。
 おそらくそこに幻として映り込んでいる影は、私と同じ炎のような色を持った――…。


 穢れを受けていない、まだ真っ白なままの透き通ったの涙。だけど、私のそれは汚ならしい。
 愛されたい愛されたいとそればかりを叫ぶこの醜い雫が、だけどその半端な温度を以てして私の胸を這いずり回るこの苦しみを、どうか溶かし去ってはくれないだろうか。



 涙を流すはでき損ないの"人形"。

 継ぎも接ぎもない。だけど。
 体の丸み、女々しい嬌声、36℃の生温い温度、そして―――心。
 要らないものばかりを、その中に存在させている。

 その上、デイダラくんを十分に満足させることすらできないなんて。


「だ……ん、なっ…」


 だって、ほら。

 デイダラくんも――…泣いている。

 すすり泣きの声が圧し殺しきれていない。その手は僅かにだが確かに、震えていた。
 ぽたり。雨のような温もりを持って落ちた愛しい人のその雫は私の背中へと染み込み、心にまで沁みる。


 痛い。イタイ。


 ああ、ほら。だから私は、そんなものを持っていてはいけないのに。痛覚も感情も、あってはならない。
 私は、デイダラくんの為だけの人形なのだから。



 …――ややあってどろり、果てたデイダラくんの熱が、私を一層悲しくさせた。

 どうしようもない虚しさだけが、空っぽの私に流れ込む。



 それでも、いつかデイダラくんの愛がほんの少しでも私の中に注がれることを夢見る私は、どうしようもなく哀れで―――…ガラクタの人形だ。




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