久秀様がわちきを買われてわちきの人生は一変しんした。
まずはわちきを飾るべべは鮮やかな赤から久秀様の気に入りと思われる黄色、黒が多くなりんした。遊廓では男を興奮させるために、血のように濃い赤を女たちは好んで着んす。 久秀様は赤を着ても、わちきが幼いのもありんしょうが何も興奮されんせん。
「ナマエには黒がよく似合う。白磁の肌が輝くようだ」 「あい。久秀様が誂えてくださるんで、当然でありんす」
三好様方が着せてくださった浴衣は黒地に黄の花柄の愛らしもの。歳を表さないようにと遊廓で着せられていんした着物よりも着ていて、気兼ねしないですむ。 上に上げられた髪は太陽のような黄色ではなく月のような淡い黄の紐で縛られておりんすが、これがまた可愛いらしもんです。
一通り愛でると久秀様はわちきを彼の膝上へと誘いんす。顔は先ほど以上に近くて、油断をすれば食べられてしまいそう。
「君には安いものかもしれないな」 「そんなことありんせん!わちきは久秀様に賜ったものがいいんでありんす!」
久秀様の腕を握りそう言えば、微妙な表情を浮かべられてしまいんした。わちきは遊廓(あそこ)から連れ出してくだしゃんした久秀様に恩を返さねばなりんせん。
今でさえ、このような上等な品をいただいて…。いくら飼っていただいているとしたって、久秀様にわちきは何もしてやれません。
「というわけで、三好様方わちきに知恵を与えてくだしゃんせ」
三好三人衆、皆様方に頭を下げそう言えばお三方は皆わたわたとし出しんした。そして「ナマエ、頭を上げろ」と慌てた声音にわちきは従い顔を上げるとお三方は仮面の下でなんとも言えない表情を浮かべているのが察することが出来んした。 首を傾げ、「いかがしんした?」と尋ねれば長逸様がわちきに視線を合わされました。
「そんな重苦しく頼むな」 「我らはナマエの主ではないんだ」 「普通に頼っていいんだ」
長逸様に続かれお二人もわちきに優しい言葉をかけてくださります。まことにわちきはいい方々に囲まれておりんすな。 小さく笑えばお三方は驚いたようにこちらに身を寄せんした。男三人にたまらず後ろに身を引いてしまいんすと、申し訳なさそうに「あ、」と声を上げられんした。
居心地悪そうに咳払いをしんすと、長逸様がまた口火を開きんした。
「ナマエが……笑うのは松永様にだけだと思っていた」 「そんなことありんせん。三好様方が優しいから嬉しくなりんして……どうかされたんで?」
頭を抱えられた長逸様に変わってわちきに話しかけるのは、政康様。「兄者は照れ屋だ」と友通様がぽつりと呟くと長逸様は、わちきには聞こえないほど小さな反論をされんした。
政康様がわちきの頭を優しく撫でやりますと、まるで妹に話しかけるような声音で言葉を紡ぎんした。
「我らはあの人のために槍を奮う。しかしそれは我らとあの人と利害が一致するからだ」 「ナマエはそうじゃないだろう?」 「わちきは……久秀様がいらっしゃらなければ遊女になるしかなかった。けれど久秀様が遊廓(あすこ)から救ってくだんした」
わちきがどこから来たのか知らなかったのかお三方は驚いたようにこちらを見てきんした。わちきは「いかがなさんし?」とわざとらしく尋ねんし、小首を傾げんした。
「ナマエはどうしたいんだ?」 「わちきでありんすか?……わちきは水揚げは久秀様にして欲しいんす」 「「「……それはまだ早いな」」」 「あい。分かっておりんすよ」
身体も精神も子供のわちきでは久秀様のお相手はまだまだ役不足。だからわちきは久秀様に何も返せないと悩んでいんす。 長逸様がわちきの頭をまた優しく撫でんした。見上げれば、仮面の下の視線が柔らかいのを感じんした。
「子供は甘えればいい」 「あま…える?」 「ああ。ナマエ、お前は精一杯甘えればいい」 「……なら夜もご一緒してもいいでありんしょうか?」
わちきが瞳を輝かせんしたらお三方は固まってしまいんした。
宵闇がわちきたちを包む頃、わちきは久秀様の寝処へと足を運びんした。 恐る恐る障子を開けば、久秀様が茶器からわちきに視線を移し目を真ん丸くさせんした。それもすぐに普段の冷静なものに戻ると、掠れた色香を孕んだ声音がわちきを呼びんす。
「ナマエ、」 「あ、あい」 「こんな時間にイケない子だ。どうしたんだい?」 「あ、の……」
わちきは口ごもり、久秀様を真っ直ぐに見られんせん。
どれくらいそうしていたでしょう。わちきの頬に骨張った久秀様の手が触れんした。顔を上げれば、久秀様の顔はすぐ側にありんして。
「私と寝ようか」 「!……よろしいんで?」 「ナマエもそのつもりだったのだろう?」 「一人は、寂しいから」
そう呟いたわちきを包んだのは優しい久秀様の体温。
静かな夜は冷たくて (君は温かいな)(子供体温でありんす)
(title byカカリア)
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