周りの遊女たちは金欲しさに男とまぐわり、精を弄ぶ。まだまだわちきは幼いので、遊ばれることはありんせんが、いつかは周りと同じになると思うと恐ろしくて堪りまんせん。
そう語るわちきをまだ壮齢と称しても問題なさそうな殿方は楽しそうに見んす。少し白髪の混じった髪のせいで年をめされているように思えますが、手や顔を見る限りは遊廓(ここ)で太夫と遊んでもおかしくないお年でありんしょう。
「君は随分としっかりとした考えを持っているな」 「そんなことありんせん」 「くく…、口調は立派な太夫だな」
何が面白いのか分からないけれど、殿方は喉の奥でクツクツと笑いんす。喉仏の色っぽいことと言ったら女のわちきが嫉妬するほどの色香を纏っていらっしゃるのだから勘弁していただきたい。
わちきを飾る着物に指を滑らせる仕種は、きっと値踏みをしていんしょう。目は獣のようにギラギラと光っているのに、口許は菩薩のように理性を描いている。
この人は、奪う側の人間だ。 と本能が叫んでもわちきは逃げることなど出来なくて―
「君は私が恐ろしいかい?」 「……平気でありんす」 「嘘の吐き方はまだ教わっていないようだね」
唇をなぞる指を食いちぎってしまいたい。もっと触れて欲しい。矛盾した想いがわちきの中に溢れんす。
わちきが面倒を見て貰っている太夫から教えて貰ったように殿方を見つめてみんした。瞳は寂しげに潤ませ、言葉は飲み込む。 それだけのこと。たったそれだけのことで殿方は一瞬驚いたように目を真ん丸くさせんした。
こんな表情もされるのかと思ったらわちきの欲はもうとどまるとこを忘れんした。
細く滑らかな指に接吻を落としてみれば、殿方はまたわちきを値踏み。
「君の名は?」 「紫蝶でありんす」 「そうじゃない。本当の名だ」
借金のかたに親がわちきをここに売る前の名を聞いているのだと分かると、急速に熱が冷めやりんした。 同時にふつふつと沸き起こるのは怯え。
「君は素直な人間だ」 「名を呼んでくださるんで?」 「君がそれを望むならば与えてやろう。それが私の生き甲斐だ」 「んふふ、嘘ばかり」
そう思ってもわちきはその嘘に騙されたい。
「ナマエ、でありんす。お武家様」 「私は松永久秀だ。好きなように呼ぶといい」 「久秀様、」
ようやっと聞き出せた名前は貢がれた櫛やかんざしなんかよりもキラキラとしているように思えんして、わちきは笑いを押さえきれんした。「ナマエ、」と少しばかり掠れた色香を孕んだ声音がわちきを呼ぶ。 くすぐったいような甘ったるいような不思議な感覚だ。
―嗚呼、久秀様これは夢でありんしょうか?
「久秀様は光源氏のようでありんすなぁ」 「おや、突然何だね?」 「わちきのような幼子までも虜にされて、夢かうつつかわからぬ時間をくださる」
そこまで言うとわちきの唇は言葉を止められてしまいんした。骨張った久秀様の指によって。
「君は随分と私を買いかぶっているようだな」 「そんなこと……」 「あるだろう?」
はっきりとそう言われてはわちきなんかが何か返せるはずもなく。叱られた子供みたくしゅんと落ち込んでしまいんした。 その様子にやりすぎたと思われたんでしょう。久秀様はわちきをひょいと抱き上げんした。
「ひゃあ!久秀様?」
目を白黒させてわちきが慌てふためく姿を至極楽しそうに見ている当たり性格はよろしくなさそうだと感じんした。
「見たまえ。ナマエ、君の知る空はこんなにも小さい」
それは鳥籠から覗く空と同じ。わちきは遊廓という鳥籠に飼われた鳥でありんす。 それを再確認させられて思わず涙が零れそうになりんした。温かな指が涙を拭ってくださる。
「ナマエを泣かせたいわけではないのだがね……。どうだろうか。君がよければ私のもとに来ないか?」
その言葉はわちきを喜ばせるには、十二分に足るもの。涙が止まるはずもなく、わちきはこくこくと顔を縦にふった。 貴方にならば、かわれたって構わない。そう思うことができる。
夢に描いたお伽噺 (久秀様がわちきをかいにくるのはそう遠くない日)
(title byカカリア)
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