8.偵察と君

スマートフォンに変えてから、間宮と仁王とのラインは途切れずに続いていた。間宮が気が向いた時に返信するだけなので1日数件ずつのやり取りだった。


テニス部は、地区大会と神奈川県大会が終わり関東初戦が近づく。間宮も女子ラクロスの大会に向けて部活動の毎日を過ごしていたある日、やっと使い慣れてきたスマホを開くと仁王から珍しく長めのLINEが入っていた。

【次の土曜、午後に氷帝の偵察行くから一緒に行かんか】

手帳で予定を確認すると、その日は11時で部活が終わる。14時ごろから校内戦があるらしく、部活から帰宅して支度をしたらちょうど良い時間だ。久しぶりに遊びに出かけられる、と間宮はとても喜んだ。




当日、部活を終えて帰宅すると、妙に張り切っている母親に出迎えられた。

「今日デートなんでしょ?おめかししなくっちゃ!」

部活動で日焼けした肌でも合うよう落ち着いた色のBBクリームを薄く塗られ、目を大きく見せるようなアイメイクを施された。つけまつげも付けられそうになったが、仁王に笑われると思い必死に断る。

ショートパンツに少し肩の落ちた白のトップスを着て、足元はウェッジソールのパンプス。日焼け対策に有名なスポーツブランドのパーカーを羽織り、つばのある帽子を被り家を出た。



校門前で待ち合わせていると、通り過ぎる氷帝生にちらちら見られる。少し恥ずかしいが、音楽を聞きながらやり過ごしていた。しかし、予定の時刻を過ぎても仁王は現れない。すると、ブルルとメッセージの通知が1件。

【後ろ】

間宮が振り返るといつもとは全く違う風貌の仁王が手を振っていた。襟足が長めの茶髪、そして縁ありの眼鏡。猫背を正しているので、心なしか背もいつもより高い。

「またすごい化けたね」
「偵察だからな」
「うわぁ喋り方まで」
「あっちだ、油断せずに行くぞ」

手を引かれ、周りの氷帝生に不思議な目で見られながらコートの方へ向かう。だんだんと凄い数のギャラリーが集まっているのが見えた。こんなに人が居るのなら変装する必要無かったのでは、と間宮は誰だかわからない仁王を見上げた。


観戦場所を確保すると、ちょうどダブルスが始まる所だった。普段丸井や仁王と関わりがあるお陰で、試合の流れは何となく知っている。コートには背の高い白髪の選手と青いキャップを後ろ前に被り頬にテープを貼った選手、向こう側には青髪の丸眼鏡と急にバク転をし始めるおかっぱ頭の選手が出てきた。偵察と同じ位の数がいるギャラリーの女子達が黄色い声援を飛ばし始める。

間宮の隣の女の子が「シシドくんー」と叫んでいるのを聞き、4月の思い出がフラッシュバックする。

「え、うそ、あれ宍戸亮くん?」
「そうだ」

「髪切っててイメージ変わりすぎ……」

なかなか試合は面白く、これだけ偵察がいて奥の手は見せまいと思っていた間宮は驚いた。それに加え、間宮は宍戸のプレーから何か前会った時とは違う雰囲気を感じ取っていた。それは隣の仁王も同じらしく。

「あいつ、変わったな」
「前喋ったときとなんか違う人みたい」
「覚悟がある感じだな」
「仁王じゃないみたいで凄い喋りにくいんだけど」
「名前を出すんじゃない」
「あー、ごめん」

宍戸のカウンターがコートに刺さり、試合終了。彼らがフェンスの外に出てくると、結構な数の女の子たちが一斉に近づき花道を作っている。立海では部長や副部長が怖いらしく、このようなおもてなしができないと友達が嘆いていたのを聞いた事があった。

機嫌が悪そうに通り抜けてくる宍戸に声をかけることはできず、間宮はそのままつぎのシングルスの試合を待った。その後ひと試合観戦してから、間宮はトイレを探しに席を離れる。仁王はそのままフェンスの横に残った。

氷帝の敷地はとても広く、お手洗いを探すのにも一苦労だった。間宮は同じ道を2、3周はしてから、部室棟と思しき建物が並ぶ地帯に迷い込んだ。

ひときわ目立つクラブハウスのほうに人が動いて行くのが見え、
間宮はたまらずに声を掛ける。

「あの!すみませんお手洗いはどちらにありますかっ」
「んだよ、こんなとこまで追いかけて…ってお前」

誰かも知らず悪態をついた宍戸は、その相手が間宮だと分かり目をまるくした。帽子を脱いでウェアを着替えており、宍戸だと気づかずに声を掛けた間宮もひどく驚いた声をあげてしまう。

「ひゃあっ」
「な、なんでお前ここにいんだ?」

知り合いに誘われて今日氷帝にいてさ、と適当にうそをついた。変装していた仁王のことは隠しておく。

「えっと、たしか間宮…ひかりだったか」
「え、覚えててくれたの!」
「お、おう」


宍戸曰く、氷帝に屋外のトイレはないらしい。テニス部の部室に案内してもらい、お手洗いを貸して貰った。済ませてから外に出ると、宍戸は律儀に待ってくれていた。

「先に帰ってもらってて良かったのに」
「部外者の女の子が男子テニス部の部室から出てきたら誰でも怪しむだろ」
「それもそうだよね、ありがとう」


「じゃあそのお礼によ、」
「ん?」

宍戸はスマホを手に取り、QRコードの画面を間宮の前に出した。

「交換しろと?」
「嫌だったら別にいいんだけどよ」

間宮の顔が分り易く紅くなり、それを見た宍戸も耳を赤くし視線を逸らした。

「いま出しますね、私が読み取ればいいんですよね?」
「……おう」

履歴の1番上に出た名前を見てお礼を言うと、そのまま彼は部室に帰って行った。間宮は試合観戦に戻りながら、宍戸から【ありがとな!】とメッセージが来ているのを見て口の端が上がって行く。

フェンスに戻ると仁王が遅いと目を細めた。

「何してたんだ」
「その喋り方してるうちは秘密!」



‐‐‐‐‐‐‐‐‐



観戦もとい偵察後は、元の見た目に戻った仁王と間宮の実家でご飯を食べた。間宮の母が遠目からにやにや見つめて来るので、長居はしないで解散になる。

母が車で駅まで送ろうとしたが、仁王はそれを断り徒歩で帰路についた。

「ひかりの彼、ちょっと元気なさそうだったわね?」
「うーん日焼けして疲れてたんじゃないかな?」

付き合ってないから!と母に釘を刺し、間宮は自室への階段を登って行った。


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