(五)
目が覚めると自分が褥(しとね)に寝かされていた。知らない天井知らない部屋。差し込んでくる光がやけに眩しい。日光を感じたのはいつ以来だろう。いつ?どのぐらい、わたしは寝ていた?あの子は
「いつ…き」
咄嗟に起き上がろうとして倒れ込んだ。目の前が真っ暗になる。ずいぶん体がなまってしまった。
「失礼します」
女性の声だ。見れば障子に影があった。答える前に小袖姿の女性が入室した。彼女は私が目覚めていることを確認し表情を緩める。
「お目覚めですか。気分悪くは」
首を横に振る。それより気になることがある。
「ここ、は」
「南部の城です」
それは私を閉じ込めた人の名前だ。では、あの子は?警戒する私に女性は続ける。
「ご安心を。今は殿の手中にあります。あなたの妹も多少手傷はありますが生きています」
生きている。あの子が、生きている。それだけで十分に感じた。
◇ ◇ ◇
部屋から退出した女性は、廊下に控えていた男性を見つけ足を止めた。
「さすがに、病み上がりの女性の部屋に押し入りはしませんでしたか小十郎」
「すれば姉上の雷が落ちましょう」
小十郎はそれで、と女性の背後を見やる。
「あの者は」
「妹の無事を聞いた途端また眠りました。自分や私のことは一切聞かずに」
「そうですか…」
「Hey小十郎。野暮なことするじゃねぇか」
低い声が飛び込んできた。見れば柱に持たれた奥州筆頭が小十郎を睥睨している。顔は笑みを浮かべてはいるが、凍てついた空気をまとっていた。肌が泡立つ。慣れぬ者なら裸足で逃げ出すだろう。殺気とも思える気迫。それほどまでの、怒気だ。
「俺はあいつが起きたらすぐ知らせをと言ったはずだぜ?」
「政宗様。会議の最中では」
「んなもん、break timeだ。」
思わずため息を漏らす。姉はまぁ、と口元を袖で隠しただけだ。今更、なのだろう。ここで切り詰めたところで彼は煙に巻くだけと、わかっている。なら、別のことを尋ねるべきと参謀を兼ねる小十郎は判断した。
「政宗様、何故あの村人を気にされます」
「…under examination(調査中だ)」
わかっていらっしゃるだろうに話を打ち切る様に背を向けられた。
今、障子の向こうにいる人間について小十郎は詳しくは知らない。発見された時の様子を主からは詳しく教えられなかった。ただ、同席していた部下からは青ざめた顔で“言えない”とだけ。言えないほどの、惨状だったのだ。人が生き死ぬ戦場を駆け抜けた武士が口を閉ざすほど。だからこそ、気になるのか。それとも他に理由があるのか。主が言わないと決めたなら、これ以上は問えまい。
「そろそろ、城に戻るぞ。いつきと、あの女もだ」
わざわざ自身の城から侍女頭である姉、喜多を呼び出してまで何を考えていらっしゃるのか。
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