海からくるもの、九

そのあと?すごかったの一言です。
滝川さんが祈祷を唱えたのを皮切りに、えびすも大暴れ。洞窟の入り口は塞がる、壁から浮遊霊がでてくる、変な音はずっとしている。ジョンさんが聖書を読み上げ聖水をふるい、松崎さんやリンさんもそれぞれ己の力を奮って。谷山さんまで九字を使って戦う。何度払っても払っても、数が多い。

原さんは私と安原さんの前に、立って守ってくださる。

「いやー、僕たち、何もできませんね」
「眼鏡青年はもうちょっと怖がるべきだと思います」
「え、僕そんな呼ばれ方してたんですか?」
「………黙秘します」
「やだなぁ。せっかくこうして会えたんですから、名前で呼んでくださいよ。ね?」
「なんだか嫌です。拒否します」
「いつ次こうして会えるか分からないじゃないですか」
「わたくしの後ろでタチの悪いナンパのようなやりとりやめてくださります?手元が狂いますわ」
「「すみませんでした」」

あれ、これ私謝らないといけないやつ?

オオカミ様も、走って、飛んで、攻撃をかわして、時に渋谷さんたちに迫る攻撃を相殺している。筆神様の力を借りながら。
かっこいい!

でも、

見える。伝わる。
オオカミ様の苦しげなお顔。荒い呼吸。

「オオカミ様…無理はダメです」

ただの独り言、のつもりでした。

「どういうことですの?わたくしには随分と異能を使いこなせているようですわ」

そっか、今はちょっとした発言も聞こえるんでした。気をつけないと。どこまで伝えていいのかわからないけど、今は緊急事態。オオカミ様については隠しようもないし、隠さないほうがオオカミ様にとっても力になる。ただし、そこな研究者が耳をそば立てているのは気付いているからな。

「ここはあの、えびすという神の領域、境内。いわば相手が有利なホームグラウンド」
「あの、お犬様とやらは、ここでは力を出しにくいということかしら」
「向こうからしたら、私たちが侵入者ですから」

だから、自然とオオカミ様は大手を奮って力が使えない。使えても、普段より限界が近い。ずっとオオカミ様の体が重くて、筆神様の力が使いにくかった理由。そういうこと。

私たちの前でオオカミ様が力を振り絞る。こんなに力を使ったの、私が知る中でない。

いずれ

限界が

くる。

「オオカミ様!」
「わ、ふ」

ぜぇ、はぁ、とオオカミ様の息が荒い。返事すらも辛そうだ。毛並みも乱れてところどころ出血している。なんてこと、こんなにも、相手は強いのか。天候を操り、人をあやめ、長い長い時、人に信仰させるほどの力。なんで強烈。なんて強靭。

「タリツタボリツハラボリツ タキメイタキメイ カラサンタンウエンビソワカ!」

傷だらけの滝川さんが、それでも全力で声を張り上げ、えびすの本体に、金属製の独鈷杵を突き立てた。えびすはそれを嫌がらり、滝川さんを吹き飛ばす。

「オオカミ様!」

名を読んだオオカミ様が風を起こして、壁と激突するのを弱める。

「おお、サンキュー、二人とも」

それでも、衝撃は完全には殺せなかった。大怪我をしている背中を、さらに痛めてしまった。

「ジョン、悪いがあの独鈷杵、あれで流木を壊せ」

金属製の刃で、流木でできたえびすを壊す。独鈷杵での攻撃は、はじめてえびすが明確に嫌がったこと。
ジョンさんが、吹っ飛ばされる。

「木は、土に強くて、金属に弱い?」
「金剋木。よく覚えていますね」

安原さんがにこやかにいう。安原さんこそ、今までそういう領域にはノータッチだったのに、調査に関わる中でどれだけ勉強したんだろう。

「勉強はきらいじゃありませんから」
「人の心を読まないでください」
「さやが顔に出過ぎなんですよ。いいですねぇ、お互いコミュニケーションとれるのって。ということで、僕も」

どういうこと?と思う暇もなかった。
安原さんが転がった独鈷杵をつかんで走ったけど、同じように吹き飛ばされ、壁に当たる。

「わふっ」

オオカミ様が駆け寄る。安原さんは、意識はあった。

「お犬様に助けられちゃいましたねぇ」
「いくらオオカミ様とはいえ、完全には衝撃が殺せないんですよ!痛いのは痛いでしょう。滝川さんも、ジョンさんも」
「悪いなー、でも、助けてくれてありがとうな、さや、お犬様」
「おかけで、まだ起き上がれますどす」

岩肌に座る滝川さん。壁に寄りかかって苦笑いしているジョンさん。

「私は、何も」

いるだけ。叫ぶだけ。
事務所の人たちも服がボロボロで、特に滝川さんはつらそうだ。こちらが手を止めると、向こうの神様の攻撃も一旦緩む。様子を見られている。諦めろと、高いところから嗤っている。

「そのていどか?」
「あ゛?」

なんですと?え?今の声?私ですけど?
谷山さんが、前に出る。

「いいがげんに しなさいよ!」
「谷山さん?!」
「あったまきた!なにムキになってんの!?みんなあんたを助けるのでとっくに限界きてんのよ!」

谷山さん、止まらない。そのあとも出るわ出るわ渋谷さんへの不満。止まらない。全て本音。共感できる部分が多々ある。でも、あの、状況がね?

「あ、の、谷山さん、それ以上叫ぶと、体力が」

叫び続けたら喉乾く、よ?ね?海水しかないし。ね?落ち着こう?

なんて、言っていたら、ぐりん、と谷山さんの顔がこちらを向いた。え?なに?こわっ

「さやも、谷山さんとか他人行儀な呼び方して!」
「うえぇ、あ、はい」
「敬語もいらない!」
「ええええ、う、うん?」
「妙にリンさんに懐いているし!」
「だよなぁ。もっと子供かと思ってたんだが。リンさんになつきすぎるのはお父さん許さんぞ」
「え?え?え?」

なぜか標的が私に?ええ?渋谷さん以外の皆様うなずいているけどどういうこと?いつのまにか滝川さんがお父さん?えええ?

「と、に、か、く!ナル、あたしが言いたいことは、他人に守ってもらってそんなプライドがなんぼのもんよ!ってこと!!」

わぁ、途中脱線しながらまとめあげたよ、ふんすふんす、と肩で息する谷山さん。オオカミ様はなぜか尻尾を振っている。カッコよかった?そうですかぁ。私はなぜか怖かったです。

「さ帰ろ。もう十分だから」
「あぁ、ナルちゃん悪いな、限界だ」

皆様が撤収の準備を始める。間違いなく満身創痍。命があるだけマシ、の状態。これ以上危険なことは私でもわかる。

ここにいるのは、異国の神様。私たちとは相容れない。神様とはそういうもの。自分が唯一で、他には上も下もない。理不尽なほどに自分中心。あ、オオカミ様のことじゃないよ?
相容れないもの、という存在はどうしても、ある。なら、どう折り合いをつけるかという話で。

「くぅん」
「オオカミ様?」

オオカミ様が見つめる先。

「ナル?なにする気?」

谷山さんが呼びかける。洞窟の奥、社と向き合う渋谷さん。

「グルル」
「…オオカミ様、下がって」

オオカミ様が喉の奥で警戒音を出す。オオカミ様に渋谷さんを止める意図はない。でも、安全ではない。力を使い果たしたオオカミ様が、ここにいては危ないかもしれない。

「オオカミ様、離れましょう」
「グゥ」

これ以上は下がらないのですか?ここで、見届けるのですか?それが、オオカミ様の意思であるなら。でも、オオカミ様、せめて、なんの力もない身でありながらも、守りたいものを守らせてください。地面に座った状態でカッコ悪いけど、ずりずりとオオカミ様の前に座る。後ろでわふわふきゃんきゃん言っても、譲りませんからね?

「オオカミ様は、このままで」

密閉された洞窟なのに風が吹く。中心は渋谷さん。右手を中心に、強い圧力が集まってくる。息が詰まりそう。重苦しく、かと思えば研ぎ澄まされた、なにか。渋谷さんが腕を上げ、リンさんの制止も聞かずに、振り落とした。

眩しい。視界が白く焼ける。衝撃で私の体が吹っ飛ぶ。

吹っ飛んだはいいけど、いつまでたっても地面にぶつからない。

オオカミ様?

オオカミ様?

どこ?

ここは、どこ?
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