鮮血の迷宮 一

初っ端から取り乱してしまった。現在、私は事務所の三人と協力を要請した松崎さん、滝川さんジョンと一緒にこのおっそろしいほどに怪しげな屋敷に連れてこられた。そしていつものメンバープラス調査員に追加が一名。

「久しぶりだね、さや」

出会い頭に逃げる間もなく撫でられまくり、ぜーぜーと荒い息をする。所長代理という立ち位置で今回、緑陵高校元生徒会長、安原さんがやってきた。なぜか(わんちゃんである私たちに)説明された内容曰く、この依頼はとある政治家さんからのものらしく、目立ちたくない渋谷さんは身代わりと言う名の代理人を建てたらしい。
到着したのはどでかいお屋敷。どでかい玄関。そして出迎えのぴしっとしたスーツ姿の秘書?執事?っぽい人。本来ならこんな大きいお屋敷、オオカミ様なら探索したくて気持ちが上がる、はずなのに。ただ今、私の中にて全力で警戒の唸り声をあげている。ですよね、知ってた。私でも感じる、背中がぞわぞわとした寒気。赤いリボンをひたすらカミカミ。

「事前に連絡をいただいてはいましたが、そちらが同行するという犬ですか?」
「あ、はい。さやって言います」
「何か準備するものはございますか?」

大橋さん?という人は、心霊調査に犬が同行することに困惑しているが、そつなく必要物品を聞いてくるあたり、仕事ができる人と言う感じがする。普段ならちょっとじゃれつきたいくらい。でも今は無理。

「世話に必要なものは持ってきているので大丈夫ですよ〜」
「電話でもお伝えしましたが、食事だけお願いします。人が食べるものと同じものを食べますので、味だけ薄味にして下さい」
「承知いたしました」

ごめんね、自分たちの話をされているのは分かっていても、お二方に反応できない。
改めてお屋敷をおそるおそる見上げる。全力で中に入ることは危険だと、オオカミ様の反応でわかる。そして、なんだかんだ今までの心霊現象に巻き込まれた私としても、いやな感じはとても、よく、伝わる。入りたくない、とアピールしている私たちを見て、それでも渋谷さん(今は鳴海という名前らしいけど)が近づいてきた。帰る?危険だと判断して帰る?

「さや。危険なのは分かった。僕たちもできるかぎり警戒しよう。だが、いつまでもそれだと何もできない。新たに気になることがあれば教えてくれ」

ですよね知ってた。






全力で渋りながら館の中に入る。見た目も中も洋風の建物。だけど、どうにもちぐはぐな構造をしていた。お金持ちの世界!と興奮できる要素が全然ない。変なところに階段とか窓とかあって、ひたすら奇妙だ。
さらにこの建物の中、とても、たくさん、いらっしゃる。誰が、とか聞かないでほしい。とにかくたくさん。でもどんな年齢なのか、性別はどうなのか、は分からない。いらっしゃるのは分かる。でも、隠れている?物陰や誰もいない廊下に、顔を向ければ隠れる気配。ぞわぞわ、と背中の毛が逆立つ。正面切ってお会いするものお断りしたいものの、いらっしゃるのによく分からないという状態は薄気味悪くてもっと怖い。オオカミ様が隠れている方々には警戒していないので、気にしないのが一番、一番のはず。

もろもろを総合的に判断しますと、アウトです渋谷さん。赤いリボンをカミカミしても渋谷さんは止まってくれないので、抗議の意味も含めて床に置いたリボンを肉球でべしべしたたく。

「ごめんさや、ただかわいい」
「すげー泣きそうな顔で訴えてくる感じがもう。必死すぎるだろうお前」

笑いをこらえているところ悪いけど、割と真剣にアピールしてるんですけどねこちらは!べしべしという音からがんがん、とリボンをたたく音が大きくなる。

「二人も行方不明が出ている。確定した根拠がない限りまずは周りの温度の計測から調べる。ただし、さやの反応や原さんの霊視、ついでに麻衣の話からしてこの調査は危険が伴う。決して一人にはならないように。それぞれ自衛の手段を準備しながら探索にあたってくれ」
「ナル坊、さやはどうするんだ?」
「麻衣、さやを連れていくんだ。反応した物や場所はあとでまとめておくように。滝川さんも同行を」
「りょーかい。・・・俺をそんな目で見ないでくれ、さや」

仕方がないんです。じーっとりと恨めし気に滝川さんを見上げる。
オオカミ様は館内で潜む方々には警戒心を見せていない。何かが、いる。それが分からない。分からないから怖い。でも、私がこの部屋に引きこもっていても何もできないし、オオカミ様も警戒はしつつも調査団についていく気満々らしいし。

「突発的にさやが走り出す可能性もある。君の安全と僕たちの安全もかねて、これの許可をもらいたい」

懐かしの首輪とリード。高そうな調度品や多種多様な霊能者が出入りする場所だ、仕方がない。一応、私の存在は大橋さん?を通して、紹介はされた。多種多様な霊能者さんたちの、一様に怪訝そうな視線よ。そりゃあそうですよね、心霊現象が起こる調査に犬が同行するって不思議ですよね。特に、有名な霊能者いっぱい知り合いいますよ!という恰幅のいい男性と、気難しそうなお坊様からは厳しい目線をいただきました。逆に、大学の教授とその助手という女性二人からは驚きのあとのにこやかな目線をいただきました。難しいよね。
私としては、追いかけまわされたり、害を加えられたりしなければ十分なんだけどね。すでに危険度最高値の現場にいるので、これ以上の面倒は避けたい。

ということで、しぶしぶ首輪をつけられながら滝川さん、谷山さんと、暇そうにしていた安原さんも捕まえて一緒に探索ゴー。

「変な構造だな、こりゃ」

あたりを見渡しながら、滝川さんが言う。そうなんだよね。この場所、本当に変。窓を開けたら壁だったり、中途半端に階段があったり。谷山さんの引きつった顔が切ない。

「迷子になる・・・」
「最近まで使ってなかったんだろう?」
「今回のことがきっかけで、必要最低限の掃除はした、って言ってたね」

だからなのか、全体的に空気が重苦しい。換気を求める。

「さや、何か気になるところあるか?」

うーん、これといって。いやな感じはずっとしているんだけど、どこが?と言われると困る。あえていうなら、全部?今私の中にいらっしゃるオオカミ様も警戒はしているけど、どこかに向かって吠えるとかうなるとかそういう反応もないし。

『くーん』
「わからないみたいだね」

結局両耳垂れての情けない声しか出なかった。さっさと解決してさっさと出たいし、危険なことは分かっているから霊能者さんたちにも早く帰ってほしいんだけどな。

「さしあたっての危険はないってことだろうな。とりあえず計測を続けようぜ。早くしないとナル坊がお怒りだ」

賛成。

そのあとはひっそりと霊能者さんたちの付き添いという感じ。あちこち一緒に回ったけども、これと言って気になる場所もなくて。よその霊能者?たちとの遭遇はあったものの、ほら、私たちただのわんちゃんですので、おとなしくしましたよ。うさんくさいところは本当にさくさいんだな、というのが感想だけど。

とりあえずの調査を終えた私たちを出迎えたのは所長様のふかーい眉間の皺でした。整った顔の人がその表情するとほんとこわい。ぞわっとする。

「次はカメラの設置を」

がんばろうね、谷山さん。ものすごく顔ひきつってるけど。

結局、カメラやマイクの設置は夕方までかかってなんとか終了した。その間特に心霊現象は起こらず、嫌な空気だけを感じていた。何もないからって、安心はできない空気が何とも言えない。不気味なのはずっと不気味で、夜が近づくにつれさらに怪しげな空気が漂っている気がする。

そんな中、霊能者同士の会話の中で谷山さんが天涯孤独の身で、学校を休んでの調査もバイトと申告すれば問題ないという話が判明。不憫さに思わず滝川さんが彼女に対して母性を発揮する人場面があった。「嫁に!」って言っているけど、どちらかというと滝川さんが着実にママさん化している気がする。

そんなこんなで、初日の調査は終了。私は女性たちの部屋にお邪魔して眠ることになった。
夜間の調査は危険だということで夜はそれぞれの部屋に松崎さんの護符で結界を作った。今部屋にいるのは谷山さんと松崎さん、そして原さんの女性陣。
彼女たちの寝息しか聞こえなくなった深夜、静かな夜に、オオカミ様は立ち上がった。

来る。

私でも分かった。怖くて恐ろしいものが、この部屋に近づいてきている。物陰や廊下に潜んでこちらの様子をうかがっていたたくさんの彼ら、ではない。もっと強うてゆっくりと確実に、こちらに来る。

ひたひたと、

しないはずの足音。オオカミ様が見つめる先は、部屋の壁。近くまで来て、止まった。松崎さんの護符が張っている位置だ。“相手”は護符を通り抜けられない。あきらめたのか、ゆっくりじっくり、嫌な気配が遠ざかっていく。ひとまず、今晩は安全かもしれない。そっと力を抜いて、皆様のベッドの間に体を丸めた。
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