緑陵高校、神社再び臨時休校は解除され、午後からは授業が再開されるようだ。まだまばらな生徒たちの間をすり抜け、教師の目から逃げつつ私たちは歩く。時々、見かけた生徒たちが声をかけてくれる。「お犬様、調査を手伝ってくれたらしいな。すげえ」 「結局、坂内の霊が原因で、今度慰霊祭するんだって」 「なんだか先生たちがしんみりしてた。安原先輩がかつ入れたって」 「ありがとうね、お犬様」 「ありがとうな、お犬様」 ありがとう、ありがとうと、私はそんなに大したことはできなかったのに、根本的な解決は渋谷さんやリンさんをはじめ、事務所の人たちが頑張った結果なんだけど。お礼を言われて、悪い気はしないよね。一言一言が胸にしみこんでくるようで、オオカミ様もうれしそう。なんだか、気怠かった体も随分と楽になった。そうだよね、この体は神様の体。神様としてまつられてはいなくても、その言葉はオオカミ様の力となる。うれしいね。よかったね、オオカミ様。 そしてこの気持ちを伝えたい場所が、別にある。 たどり着いたのは、敷地内にある誰もいない神社。狐の像はぼろぼろで、社や石道は落ち葉やいろんなものが降り積もっている。何年も何年も掃除されず、お参りも少なく、挙句の果てに呪いに使われた場所。でも、私たちを、私を、助けてくださった場所だ。狐像の前に立っても彼らは石のまま。無理させてしまったろうか。 とりあえず、咥えた新しい雑巾を狐像にあててみる。というか、足元の石段にしかとどいていない。じゃ、ジャンプして、ちょっとずつですね。勢いをつければ、頭の上に載っている葉っぱとか、枝とか払えるかと。 「ナル、そろそろ限界だって」 「健気どすなあ」 「カメラ回してないのかよ」 「ハンディカメラは持ってきていない」 ぴくりと、耳が反応した。聞いたことのある声が、する。ふるふるしながらゆっくり振り向くと、通路わきの茂みに見たことがある人たちが、いる。渋谷さんとリンさん以外が必死に笑いをこらえた顔で、いた。見られていた。私たちが肉球のある手足で掃除しようと奮闘していた姿を。 「あ、さや気づいちゃった」 「いいじゃない、かわいかっただけで」 「…知能ある生き物とは思えない有様でしたが」 「・・・。」 ぶっちゃけリンさんの無言が一番つらいわ! 「あ、逃げた」 全速力で社の後ろに。体を隠して丸まる。とっても恥ずかしいところを、見られた。 吹き出す音が向こうから聞こえた。つらい。 「あ、ほら、出てこないじゃない」 「いっちょ前に恥ずかしがってら」 「さやー、笑ってごめんなさい。私達も手伝うからー」 うぅ。だってさ、片付けで忙しそうだったからついてきていると思ってなかったんだよ。まさかだよ。 ちらっと社の角からのぞき込んでみる。なんでみんな勢ぞろいしているんだろう。しかも、手にそれぞれ掃除道具をもって。 「あれさ、隠れているつもりなのかな。両耳見えているけど」 「あれは・・・かわいいですわ」 「かわいいけどあほだなー」 「でも、なんでここの掃除をしたがるんだろう」 それは私たちがここのお稲荷様に助けられたからです。っていうのが全然伝わらないんだけど。 そろそろと隠れていた場所から出る。衝撃で落ちていた雑巾を谷山さんが拾い上げてくれた。 「確かにこの神社、全然掃除してなさそうだしね。ここでいいのかな」 そうなんです。ここをきれいにしたいんです。できれば自分の力でしたかったんですが、どうやら身体的に難しいみたいで。 しゅん、と両耳が垂れるのがわかる。 「呪詛の場所になった、から?」 「けがれた場所を戻したいという意味だろうか」 「ただ単に雑巾で遊びたかったか」 「「・・・なるほど」」 そこで納得しない!微妙にずれているけどお掃除したいのは本当!それくらいしか、お礼のしようがないんだもの。 「生徒たちにも声をかけましょう。何か、よく分からないことが起こっていたのは生徒たちもわかっていますから。あらためてこの神社の存在をみんなで知るためにも」 お、と両耳がぴんとする。生徒会長がとてもいいことを言っている。 「・・・どうやら、それであっているらしい」 「この神社が好きなのかな?」 「よく分からんが、まだ撤退に時間があるからな」 「生徒会の連中と、手が空いている連中にも声をかけましょう。ぼちぼち安全確認した生徒たちが登校してきましたし」 それからは、とても神社は賑やかになった。オリキリ様をしたことがない生徒はそもそも神社がここにあることすら知らない人たちが多かった。 オリキリ様を行った生徒たちは、神社に悪いことをしたと、いまさらながら思い至ったらしい。神社にたたられているんじゃないかと怖がっていたらしい。まあ、呪詛なんてわからないしね。理由はどうあれ、霊能者たちと生徒会と、一般生徒がわいわいとそれぞれ箒や雑巾をもって、あっという間に落ち葉やよごれが消えていく。 オオカミ様が全力でしっぽをふっている。私達にはわかる。汚れがなくなるたびに、生徒たちがこの神社に意識を向けるたびに。社やお稲荷様から力がみなぎっているのが。一人一人から出てくるきらきらしたもの、とても小さくか弱い光がそれでもたくさん、この神社のなかをうふわふわと浮かんで、社やお稲荷様へ向かっていく。 とても尊くてきれいで儚いもの。 誰も管理する人もお参りする人もいなくて、呪詛のけがれにさらされたこの土地がみるみるきれいになっていく。いやな気配ももうない。呪詛の紙ももう灰になった。ここは、普通の神社に戻ろうとしている。 「定期的に、管理するよう生徒会に依頼しましょうか」 安原さんが、そんなことを私たちに言ってくれた。全力で尻尾をふって返答した。 いろいろあったけど、最後にすてきな気持ちになって神社を後にした。 立ち去るときに、かすかにお稲荷様の姿が見えたのはうれしい。何も言葉は発しなかったけど、生徒たちが定期的に訪れてくれたなら、それが彼らの力になる。そういう存在なんだ、私たちも、彼らも。人々の信心がないと消えてしまう。信仰があれば、力が増す。 ちょん、とそろって頭を下げてくれたお稲荷様たちに、私は頭を下げた。オオカミ様はしっぽをふってあいさつした。 掃除道具をそれぞれ持って解散する生徒。計測機器をつめ終わって撤収する霊能者一同。 「あれ?さやが撤退までいるの珍しいね?いつもどこかにいってしまうのに」 「ほんとだね」 そ、そういえばそうでしたね。いつもなんだかんだで、どこかに行ってしまっていて。こんな風に穏やかに撤収の場面を見るのは初めてかもしれない。 「この子、寝床どこなの?」 「おいさや、お前さんどこに帰るんだ?」 「事務所に連れ帰ります」 え? (35/70) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |