緑陵高校、体育館三

ぜーーーーーはーーーーーぜーーーーーーはーーーー

オオカミ様だけの、息じゃないよ。なんでか私も、よろよろの、ぼろぼろで。気を抜けば寝落ちしそうな。体ないのに。睡魔に負けるとこれ絶対、ダメなやつ。ただの睡魔じゃないはず。私の存在自体が、消えそうな感じ。でも、守れているよ。オオカミ様も、後ろも。夜通し押して押されて押し返して、切られそうになるわ潰されそうになるわ捻られそうになるわ削られそうになるわ、避けつつ押し返して、躱しつつ押し続けて。相手方の悪趣味で多彩な攻め方に翻弄されつつ。なんとか、ここまで、私たちは、生きている。
いま私の原動力は、土汚れとかなんだかよく分からない汚れがついてしまったオオカミ様の毛皮を誰かにふわっふわにしてもらうこと!
そんな阿呆なことでも考えないと、今にも寝てしまいそうで。

そんな、ときに。なんでかな。本当になんでかな。

「霊能者たちはどこだ!ここか!?」

教職員たちが、来てしまった。あの松山という教師を先頭に、安原さんや二人以外の霊能者さん達に止められながら突っ切ってきた。会議が終わってしまったらしい。渋谷さん達を探してこんなところまで来てしまった。霊能者一同には分っているはず。この場所が危険なことを。そして、特に約一名にとってどれほど危険な場所になってしまっているのか。

『松』
『やま』
『ヒ』
『で』
『ハ』
『る』

気付かれた。私たちの前に漂っていたいくつもの存在がいっせいに、彼を見つけてしまった。何十もの手が彼に向いた。何百もの声が彼を呼んだ。何千もの目が彼を見た。男も女もしわがれた声も幼い声も赤子の声や獣の唸り声も。彼を呼んだ。蟲毒は完成していなかったらこそ、呪詛は彼に向かなかった。でも、この場所で一か所に集えば共通の音が紡がれた。オオカミ様の背筋が泡立つ。駆け出した私たちよりも、相手のほうが松山に近い。

「な、なんだっ」
「逃げろっ」

咄嗟に滝川さんが松山をかばう。非現実的な状況においても自分の危機を本能的に察したのか、松山も逃げようとした。でも、間に合わない。私たちの四つ足すら、何者かが引っ張って進ませてくれない。私たちの前で、いくつもの手が、彼の腕をつかみ、いびつな足が絡みつき、人じゃない顎が噛み付いて来る。あたりの気温が一気に下がった。ぎりぎりと、彼の全身の骨が悲鳴を上げる。

「ひぃぃぃ!!坂内か!お前だな、お前がこんなことをしているんだなっ」

激痛だろうに、その中で松山が叫ぶ。
まさかの異常事態に教職員も青くなる。全員が見えてしまっている。あぁ、そうか。この状況に彼は陥ったことがなかったのか。最後まで手を出されていなかった。この異常な学校の中で、標的だからこそ最後の最後まで被害を受けなかったのか。

「さや」

そんな時に、なんで出てくるかな渋谷さん!?
足元覚束ないながらも振り向いたら、涼しい顔ながら濃ゆい隈を作ったご尊顔。どことなくいつもより顔もまっちろけ。

「礼を言う。僕たちにできる作業は完了した」

その言葉と一緒に、朝靄のなかで急にあたりが明るくなった。朝が、来た。お日様って本当にすばらしい。そして、徹夜って体によくない。しみじみ思う。よろよろしながら正面を向けば、あれ、いない!?

「…返ったか」

ばたばたとかけてくる足音は谷山さんだろうか。後ろから滝川さんたちの声もする。終わり?もう、終わり?駆け寄ってくる中に眼鏡青年の姿も見つけて、どこにもけがをしていないことが遠目にもわかって。

ヒデハル

マツハマ ヒデハル

分散させられた音を響かせながら、彼らは消えていった。後に残ったのは青白い顔で座り込んだ教職員一同。その中に一段と震えて汗だくになっている松山を見つけた。彼も、生きている。


かくり、とおしりが地面とこんにちは。あ、だめ、眠い。

「さや!?」

かくん、と顎が地面に激突。
しそうになったのを、たくましい誰かの手が受け止めてくれた。




『―――ヨ』

疲れ切って、眠りたくて。でも、眠ってはいけないことも分かっていて。自分があやふやになって、形を無くして、ふわふわと飛んでいきそうになって。

『――ト―――モノヨ』

強烈な眠気に吸い寄せられながら、同時に危機感も覚えていた。これは、ダメなやつ。このまま眠気に引きずられてしまったら、きっと、もう、戻れない。二度と大好きな神様に会えない。離れたくないのに。さよならしたくないのに。

「こっちだ!」

おぼろげな意識の中、誰かに呼ばれて、そちらのほうに吸い寄せられていく。ふわふわと、浮かんでいるのか泳いでいるのか分からないくらいの自分がいる。ここは、どこ?

「よかった。間に合った」

聞いたことがある声だ。つい最近、知った声だ。声だけ聞こえて、瞼があまりに重たくて、姿が見えない。うとうとと戦う。

「起きて」

揺り動かされる。私は?どうなったの?

「自分の存在も使って、あの神様に力を注いでしまって。君は消えてしまいそうになっていたんだ」

危なかった?

「そうだね。でも、僕の力じゃどうしようもなかった。そもそも、呼び戻す力を持っていなかったし」

じゃあ、誰が、助けてくれたの?

「道しるべとなって、君を守ってくださった方たちがいる。僕も初めて見るけど」

それは、誰?

『付キ添ウ者ヨ』
『慈母ノ供トナル者ヨ』

今度は聞いたことがない声だ。だあれ?

「君が。君たちが、穢れを取り除くことで助けた存在だよ。あの神社に狐の石像があったろう?」

あった。そして、その存在も知っている。あの、黒い靄で覆われた狐たち?

『人ガ我ラヲ害スルヨウニ我ラモ人ヲ守ル理由ニナイ』

しゃべれたの!?

『サレドモ、慈母カラノ大恩ヲ無ニスル意モナシ。コノ地コノ場ノ内ナレバ我ラノ力モ通ジヨウ』

難しい。言っていること難しい。けれど、要約すると、消えてしまいそうだった私を、助けてくれた?人の嫌なところを見せつけられたのに、自分たちが穢され苦しんでいたはずなのに。それはきっとオオカミ様の存在があったゆえだろうけど、オオカミ様への恩が私も助けてくれた。

『戻レ』
『戻レ』
「そうだね。そろそろ、戻ったほうがいいよ。君の大事な神様も、呼んでいるから」

こっちへと、呼ばれる声がする。優しくて暖かい声。必死に押し上げた瞼の向こうで、真っ白い二対の狐と、黒髪の青年が見えた、気がした。

ありがとう、ございました。

完全に見えなくなる前に叫んだ言葉が、届いていたらいいな。

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