緑陵高校、体育館二

真夜中の学校、なんて。響きだけでも怪談向けの言葉。霊能者たちの話を聞いてから分かったことが、いくつかある。この学校は怪談、七不思議という存在が具現化している部分もあるらしい。でも大元は、生徒たちが行った悪意なき呪詛で。知らないうちに、知らされないうちに、少しずつ霊を呼び出して生徒は一人の男性教師を呪ってしまった。遺跡の上から建てられた学校に張り巡らされた見えない壁、この壁があるから呼び出された霊は逃げられず、寄り集まって食べ合って蟲毒が形成された。形成されつつ、ある。残りの唯一となれば呪詛は完成し、マツヤマ ヒデハル氏に襲い掛かる。渋谷さんの言葉を借りるなら、むごい死に方となるそうだ。
彼は、こうなることが分かっていたのだろうか。これほどまでの状況になると、わかってあの呪詛を広めたのだろうか。生徒のほとんどが巻き込まれるとわかっていて。聞きたくても、その質問の答えは永遠に返ってこない。

「グルゥ…」

さて、今までの振り返りはここまで。しんみりとした空気に浸る間もなく、目の前に嫌な空気が濃くなっている。来たよ来たよ。呪詛が形となったもの。元が人なのか獣なのかすら分からなくなったもの。状態で言えば、湯浅高校の時に見た存在よりさらに歪で強い塊が複数。無数にあったはずの浮遊霊がここまで数を減らして力を蓄え、ここに来た。私たちを食べに来たか、それとも私たちの後ろで呪詛返しの準備をする渋谷さんたちを邪魔にし来たのか。それほどまでの知識を、得てしまったのか。繁みの陰から校舎の角から、廊下の向こうから、上の階から、形もないものが集まってくる。

オオカミ様の唸り声が大きくなる。
あの複数いる塊は、とても強くてリンさんや滝川さんたちでも手出しできないと言っていた。なら、私たちがここで踏ん張るしかない。怖いけど。認める。とても怖い。すんごく怖い。でも、一人じゃないから。後ろには渋谷さんやリンさんがいて、オオカミ様が一緒にいてくれている。なら、私だけが怖がってちゃいけないよね。いけないんだけどさ。

なんで雰囲気出してくるかな、相手は。

体の主導権はオオカミ様にある。ならば私にできることは、手も足もない意識だけの私にできることは、やさしくて心強い神様を信じるだけだ。それがオオカミ様を守ることになるなら、私だってオオカミ様を守りたい。守ると、決めた。

一晩。明日の、日の出まで。渋谷さん達の作業が無事に終わるように。

倒す必要はない。ただ、時間稼ぎができればいい。

オオカミ様が一段と、大きな唸り声をあげた。





体育館の外から、不穏な気配と音がする。集中を要する作業の中で気付いてしまった。こちらに侵入はしないが、じりじりと近づいてくる存在。ある程度の結界と四隅に配置した式でこの空間の守りはしていても、あれほど膨れ上がった悪意をとどめるほどの力はないはず。ならば、何が。

「気になるか」

生徒の名簿と完成した人型を照合していたナルも、顔を上げないまま発言した。どうやら自分より先に物音には気づいていたらしい。どこまで読み取っているのか不明だが、呪詛に囲まれた状況で壁を通じてのサイコメトリはしていないはずだ。しかし、先ほどまで体育館にいたはずの存在がいないことから、くみ上げて推測したらしい。

「心底わからない存在だ。僕たちはあれに、何の利益ももたらしてやれないというのに」

作業を中断せぬまま、ナルが言う。あれ、という存在を自分も思い浮かべていた。確かにそうだ。自分たちは、危険があればある程度の守りはしたい。しかし、あの存在本来が求めていることは不明だ。何のために、何の目的で自分たちの調査現場に出現するのか、それすらわかっていない。それなのにあの存在は当たり前のようにこちらに善意でもって接する。悪意も企みも感じられず絆された、と言われれば否定できない。しかし、おそらくあの存在が求めているのは違うところだ。
不穏な空気に混じる清冽な霊気。正体を怪しまれることを恐れてか、ただの犬のふりをしながら、気が付けばこちらが守られている。自分を追い詰めるほどに怖がりなはずなのに。

「記録に残したいが、おそらく外に置いた瞬間計測機械のほうが故障するだろうな」
「そう、でしょうね」

眉間に皺をよせ心底残念と言いたげだ。おそらく、使い物にならないだろう。この空間を出ればおそらくそこは戦場だ。戦いが続いているということは、どちらも活動しているということ。悪意の塊と、善意の存在も。

「心配するなら早く作業を終わらせることだ。それが、あれの助けとなる」

ついつい外の音に耳を澄ませようとする己に、ナルが釘を刺した。

「そう、ですね」

ナルとて、興味もあるだろうが、それも抑えて作業している。なら、己は己にできることを一刻も早く全うするのみだ。タイムリミットは教職員が結論を出す朝方まで。朝になれば生徒らも登校してしまう。

せめて、夜明けまでに。少しでも早く。

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