神社、境内私たちは、渋谷サイキックリサーチのメンバーから、逃げるように病院をあとにした。どれだけ歩いたか、どれだけ日数が過ぎたのかは覚えていないけれど。何だかこの感じが懐かしい。そうだそうだ、私たちはそうやって今まで過ごしていた。どこに行くかもわからず、人目を避けて、ただオオカミ様の目を通して周囲を知り、オオカミ様の足を通じて此処を知る。 ちらちら見ていた通行人の格好からして、今は冬らしい。そういえば、毛皮に覆われていない鼻とか肉球が冷たい。うぅ、自覚したらさらに寒い。あれ、オオカミ様が立ち止まった。躊躇している。迷っている。そして、申し訳なさそう。 私たちの前には、獣道のような細道。そして、境目の様に石があった。遠い昔に、置かれたような苔だらけの石。変だ。向こう側が見えない。でも、禍々しい空気は感じる。嫌な感じ。悪意と殺意と敵意のオンパレード。ほんっとうに嫌な感じ。 でも、オオカミ様はあそこに、あの中に行きたいんだ。ずっとずっと歩いて来て、足の裏が熱をもって肉球が痛くても行きたいんだ。そのために来たんだ。誰か、自分ではない存在のために。危ないと分かっているのに。 ねぇ、オオカミ様。私はとてもとても怖がりで、あなた様の役にも立てない存在だけど、でも、妨げにはなりたくないのです。泣いてしまうかもしれないけれど、といいますか、たぶん絶叫して号泣するのは分かっているんだけど。そもそも、今まで行きたいところに突撃していたオオカミ様が初めて立ち止まって悩むくらいに危険度マックスっていう時点で既に泣きそうなのだけれど。 私は、オオカミ様を信じているから。あなた様はとても強くて気高くて、そしてとっても優しい方だから。誰かが困っている。誰かが助けを求めている。だから、ここに来たのは、わかるから。 行こう、オオカミ様。一緒に。 私は、それしかできないけれども。そばにいるよ、いさせてください。 そうして、進んだ。 一歩石の横を通り過ぎた途端に自分の決意を後悔したくなるくらいに、嫌な空気に体が包まれた。全身の体毛が逆立つ。この場所は危険だ。でも、後ろを振り向いたら景色が歪んでいた。ここと、あちらはもう違うんだ。 とことこと、進む。山道をかき分けて着いたのは、神社だ。 今日の寝床…ではなさそう。ろくに掃除されてないのか、周りにはゴミもちらほら。でも、確かに神社だ。空気が変わった。さらに、嫌な方に。お参りしている人も、管理している人もいないらしい。それ以外は、残念ながらイルようだけど。 祀られているのは、お稲荷様らしいですね。境内に石像の狐が2対。石像じゃない狐も2匹。そもそも、たぶんきっと、ただの狐じゃない。ゆらり、ゆらり、と靄のような揺れる毛並み。揺らいで、消えて、また現れる。私たちの前から、2重で唸り声がずっとしている。普通の狐より大きくて、まっ黒。むしろどろどろとしたものがにじみ出ているどす黒い毛並み。 オオカミ様…知り合い?…でもないらしい。 困ったように両耳が垂れた。でも、唸られてもオオカミ様が警戒だけして唸り返さない。 知り合いではないけれど、敵でもないらしい。 そして、彼ら?彼女たち?が、オオカミ様をここに呼んだのだろう。 唸って、敵意をむき出しているけれど、襲ってくる様子はない。動けないんだ。あの場所から。 どうしていいかわからない。けど、体の主導権はいまだにオオカミ様だ。私はただ、オオカミ様が見ている景色を眺める事だけ。 二匹の黒い狐は、オオカミ様をじっと見ている。見ていた。今は、違うものに気づいたようで。オオカミ様も、狐たちが見たほうを見た。 やってきたのは、制服を着た女子高生。手には何か、紙?を握りしめている。草むらに隠れたオオカミ様に気づかず、彼女は賽銭箱の後ろにその紙を、埋めた。オオカミ様がそわそわとする。止めたくても、止められないらしい。次に、埋めた場所に何かが吸い寄せられて、ついでに女子高生にも何かがまとわりついた。形もない、カスミのような何か。でも、よくないものだ。 2匹の狐は、もう唸り声を上げずない。とても疲れた様子で、座り込んでいた。オオカミ様はそんな狐たちから離れ、生徒についていった。何もできない、というのが分かる。じゃなければ、明らかに苦しんでいる狐たちを目の前に置いていくなんて、オオカミ様はできないから。 行けば行くほど、オオカミ様が警戒心をむき出しにしていくのが分かる。ここは危ない。女子生徒にとっても、そして私たちにとっても。校舎が、見えた。学校? 「おや、こんなところに」 びっくりした。だって、警戒していたオオカミ様が気付かなかったから。 何者!?と慌てて振り向いたら、にこやかな笑顔に目がくらんだ。本当に何者―!? 男子高校生。この学校の生徒?この言いようのない読みにくさはなんだろう。私たちに悪意は持っていない。けれど、だからといっていい人なのかもわからない。常に笑顔な人って、腹黒いよね! 「こんな時に犬ですか。しかも、野良っぽいな。あ、饅頭あるけど食べる?」 飛びついた。ちょ、オオカミ様―!? (24/70) 前へ* 目次 #次へ栞を挟む |