湯浅高校、地下

「なんだってこんなとこにいたんだ」

少しずつ暗闇に目が慣れてきたころ、谷山さんと渋谷さんが小さい声で話し出す。谷山さんがぽつりぽつりと、マンホールに近づいた状況を語った。改めて聞いても、あやしさ満点。

「…ついに麻衣も狙われたわけか」

この暗闇の中で子どもの姿が見えたことの異常さに気付いた谷山さんが、ひゅ、と息をのんだ。

「でも、でも、吉野先生だって他の先生だって、妖しいことがあるけど、あんなはっきり幽霊を見た人なんて」

そうらしい。私たちが来る前は、手を見たとか、引っ張られたとか、怖いことはあってもはっきりと見えたわけではないらしい。でも、私たちが来てから…。私が気付いたことを、谷山さんも察し始めたらしく、そわそわと暗闇の中のあちこちを見渡し始めた、タイミングで。

「犯人は明らかに熟達してきている」

渋谷さんの一言がとどめとなった。谷山さんの目がうるうると揺れだす。渋谷さんが言っていることは事実だよ。女の子の声は明らかに谷山さんを狙っていた。不気味さで精神的に追い詰めるだけだった現象が、今では敵意をむき出しにし始めている。私にも何となくわかった。でも、ただでさえ暗闇の中、助けがいつ来るかわからない、安全じゃない場所で心細いのに、そんなことを改めて言われたら怖いよね。泣きたくなるよね。なんで共感しているかって、まさに私の状態がそれだからね!さすがに餅状態から脱して、とことこと谷山さんの横にお座り。

「うぅー。せっかくさやが止めてくれてたのに…ごめんね、さや」
『わふぅ』

お気になさらず!過去のことよりこれからのこと考えましょう!マンホールに落ちてしまった状況からして、この場所が安全でないことはわかる。どうやら、お二人ともこの場所に来ることは誰にも言ってないらしい。ということは、いつ助けが分からない状況。もうすでに夕方。かろうじて差し込む光も、どんどん暗くなってきた。

「さや、ちょっとだけ、ちょっとだけね!」
『わふわふ』

どうぞどうぞ。ぱたぱたと尻尾を振ったら、すかさず谷山さんがしがみ付いてきた。ふっふっふ、どうぞこの白もふもふを堪能してくださいな。決して、私が怖いから人肌恋しいというわけじゃないからね!ね!そんな私たちをじーっと見る、渋谷さんの目。

「…どうやら、さやも狙われているらしいな」

な ん で す と

「なんでわかるの?」
「麻衣は見ていなかったかもしれない。さやはマンホールに、後ろ足から落ちた。何かに足を掴まれていたと推察できる。僕は動物の行動には詳しくないが、さやが自らの意志でマンホールに入ったわけではないのはわかる。呪詛の対象が、さやも含んでいるということだろう」

リアル心霊スポットでさらに怖がらしてくれちゃってどうしてくれるのかな渋谷さん!

「そんな。ここに居る全員が、狙われているってことじゃない」
「だから、そう言っている」

うぅ、谷山さんの目がさらに不安げに揺れる。涙が止まる様子がない。どうしたらいい?私に何ができる?オオカミ様もおろおろと混乱しているのが分かる。とりあえず、引っ付くしかないんだけど。

「泣いて事態が変わるのか?」
「変わらない」
「だったら泣き止むんだな」
「冷たい」
「理性的と言ってくれ」
「冷たいよ!もし、このままここで死ぬことになったらどうしてくれるのよっ」

お、お二人とも?止めるべき?この流れ止めた方がいい?どうやって?
渋谷さんの言い方は冷たいけど、あれ、そういえばこれで通常運転では?谷山さんもなんだか言い合いしているうちに涙も止まって生き生きとしている気がする。渋谷さんがふいに小さく笑った。わら、た?

「浮上したか?」
「…した」

したの!?
さすがというかなんというか。渋谷さんは意外と人のことを良く見ている。だったら優しい言葉をかけても…あ、だめだ想像できない。優しくないわけじゃないんだけどな。冷たいだけの人だったら、オオカミ様がもっと警戒しているだろうし。
その後、渋谷さんがコインを使った手品?を谷山さんに見せてくれて、ますます表情が明るくなった。完全復活!なされたそうです。コインの行き先にオオカミ様が全力で振り回されていたのは私たちだけの秘密。オオカミ様、もうコインは渋谷さんの手にないからね?







こんな状況だけど、なんだかちょっとだけ和やかな雰囲気になっていた。でも、それで終わってはくれないよね。

「…やはりな、来た」

ですよね、何もないわけないですよね。微笑ましい空気に期待したかったですとも。

「どうしたの?リンさん?」

そうだったら、どれだけよかっただろう。私も、渋谷さんも、そして谷山さんも、天井を見上げた。見たくなかったけど、見てしまった。

「麻衣、そばにいろ。さやも動くな。何があっても離れるんじゃない。落ち着いて」

女がいた。逆さまになった、女がこちらを見ていた。近づいてくる感じはない。三人の中で一番最初に狙われたのは渋谷さんだ。だから、一番強くておぞましいの?
谷山さんがかたまる。毛皮越しに、彼女がすこし震えているのが伝わる。怖いよね、私も怖い!ずるり、ずるりと女が下りてくる。どこまで?前はここまで降りてこなかった。すでに腰くらいまで降りている。
震えが大きくなる。違う、谷山さんじゃない。私だ、私の体が震えていた。かちかちと、牙が当たる。さらに白いもふもふの尻尾が縮まって、後ろ足に垂れているのが分かる。

「…ナル」
「大丈夫だ、まだ。一日や二日でそんなに成長するものじゃない。危害は加えられないはずだ。うろたえて自滅するなよ」
「…うん…大丈夫だって、さや」

谷山さんが無理して笑う。渋谷さんの言葉は谷山さんと、私にも向けた言葉だ。でも、怖いのは怖い。だって、女はどんどん下りてくる。しかも、なんでか口から鎌を吐き出して、自分の口も傷つけながら、嗤う。なんでわざわざホラーの演出するかな!存在だけで十分怖いのに!恐怖と緊張でぐるぐるしてきた。震えているせいか、息苦しさもある。うぇ、気持ち悪い。

「大丈夫だ」

渋谷さんが、繰り返す。

「さや、大丈夫だよ」

谷山さんも、ぎゅっとしがみ付きながら言ってくれた。

「大丈夫だ。ほら」

え?
なんでか、女がずずずっと天井に消えていった。

「ナル、いますか?」

この、声は。

「ここだ。早かったな。ロープか梯子がいる」

リーーーーンさーーーーーーん!!!!
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