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騒ぎの中、校内を歩く。誰も私に気付かない。いつものことだ。寝かされた遺体を見た。双子の片割れも見た。元同級生とその妻も見た。名を知らなくても、顔を見たことある生徒や大人を見た。私が知らなかった、知ろうとしなかった光景。
もぞり、とローブのポケットが動いた。

『つらいか、小娘。己の欲のために見過ごした死を現実に見るのは』
「それを言ってくれちゃうのがヴァルヴェルデ君だね」

けが人の合間を走り回るマダム・ポンフリーを見た。私が学校に来なかった間に、知らない大人も増えた。騎士団の人だろうか。
ホールを通り過ぎて、人通りのないところへ。

ここに来るのは、5年ぶりになる。相変わらず暗くて湿気ている。

『わざわざこんなところに、何の用だ』
「こんな、て。自分の住処じゃん」

秘密の部屋と呼ばれていた場所。5年前に英雄殿がバジリスクから抜いた牙はなくなっていた。誰かが持っていたのだろう。
ここに居るのは、私と蛇だけ。

「ヴァルヴェルデ〜」
『なんだその不快な呼び方は』
「“全部、終わったよ”」

ぱりん、と何かが砕ける音がした。名前で蛇の王を縛っていた契約が、切れた。目の前で、巨大化していく蛇。蛇の王の名の通り。私なんかの、縛りがなくなる。白濁した黄色い目が私を見た。睨んだ。怒ってる。物凄く怒ってる。両目の魔力が不死鳥につぶされたため、即死はしない。でも、彼には牙と毒と、その巨体がある。

「言ったじゃん。全部終わったら、消せばいいって」

バジリスクの前では私はただのスクイブだ。もう一切の魔法も使えない。自由になった蛇の王が、咢を開く。鋭い牙が、ずらりと見えた。思い出すのは、教授の事。

教授は優しいから。きっと、私が勝手にやったことを知れば、怒る。怒って、気にして、不機嫌になりながら、何かしてしまいそうだから。せっかく、心を削る戦いから解放されたのに。せっかく、生きているのに。
だから、忘れてもらった。マクゴナガル教授が、私のことを何か言うかもしれない。でも、マクゴナガル教授すら、すべてを知るわけではないから。教授にとっては、私はただの同級生だ。以上でも以下でもない。十分。もとより、最初から今までそれ以外の何者でもなかった。

この、戦いが終わって。

いなくなる人間のことを、教授が気にする必要は、ない

「(今まで、ありがとう)」

なんて。
教授と、目の前の蛇と、上げだしたらきりがないか。
本人たちには言えないけれども。感謝しているのは本当だ。やりたいことはやった。不思議と穏やかな気持ちで、ずらりと牙が並んだ凶悪な口を見る。


牙が迫りくる。

次いで、衝撃。

私の意識は、なくなった。


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