(前半ハリー・ポッター視点)
ホグワーツから離れた、叫びの屋敷。ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、一人の魔法使いの死を看取ろうとしていた。今まで、死喰い人の中心人物、敵だ、敵だと思っていた男、だった。なのに、今ではわからない。味方だと断言できないが、敵だとも言い切れない自分がいた。
「これを、とれ」
その黒づくめの魔法使い、セブルス・スネイプの眦から零れるものがあった。涙、とは少し違う。ハーマイオニーが慌てて鞄からフラスコを取り出す。僕はそのガラスをスネイプの頬に押し当てた。
「Look...at..me..」
こちらを…見ろ
と、そう言われて、僕は黒い目を見た。その黒い目は、今までなら憎しみは冷たさを持って僕を見ていたのに。何かが違う。いつもと違う。
「…リリーと同じ目だ」
「…え?」
スネイプがどうして、母の名を呼んだのかはわからない。せめてその理由を知りたい。自分はひどい勘違いをしていたのではないか、という恐怖を覚えた。なのに、ハナハッカ・エキスはもうない。そもそも、蛇の毒に効くかもわからない。首の傷を抑えているのに、血が止まらない。彼の目から光が消えていくのが、分かった。
「行って下さい」
後ろから声をかけられて、初めて自分たち以外に人がいることを知った。立っていたのは、一人の魔女だ。会ったことはある。シリウスの屋敷で。でも、話したことはない。彼女は、まっすぐにスネイプを見ていた。声を出さなければ、そこにいるのかもわからないくらい希薄な人。なのに、今は彼女から目が離せない。何を、するつもりだ?
「あとは私が見ます。彼からの贈り物は貰いましたね?」
「は、い」
「あなたは」
「時間がないはずですよ。行って」
ハーマイオニーが何か言おうとすると、彼女は押しとどめて先を促す。問いたい。けど、本当に時間がない。後ろを振り向きながら、僕たちは進んだ。最後に見えたのは、何かの薬品を振りかけるセシル・クルタロスの姿だった。
目の前には呼吸も途切れそうなセブルス・スネイプ。彼はそのまま、眠りたいのだろう。生涯の、想いとともに。緑の目を最期唯一の思い出として。でも、私が邪魔をする。
「クルタロスの力は、未来を見ることじゃない。触れた者の、死を見る力。でも、それを変える力はない。最期を見ても、それがいつの事かもわからない。過程を知らなきゃどうしようもない。血の呪いなんだ。見せるだけ見せて、何もするなっていう」
もう耳も聞こえない彼に、話す。だって次に会ったとき、問い詰めればいいと言ったのは私だ。話しながら、彼の首にフラスコの中身を振りかける。
「家族の死を見てしまったとき、私はそれが何かわからなかった。分らないうちに、家族は死んだ。それから、誰にも触れないよう、見ないようにしてたんだ」
だけど、触れてしまった。見てしまった。死んでほしくないと願ってしまった。
「願いを叶えるために、私は東に飛んだ。東洋の魔女と呼ばれていた彼女の店は、対価を払えば願いを叶える。彼女は言ったよ。私が願ったのは人一人の人生を大きく変えること。対価は、一人の人生を大きく変えるほど大きいものが必要だって」
単純に、セブルス・スネイプの命を願えば、対価は私の命となる。だけど、死者を蘇らすのは禁忌と言われた。だから、違う願いをした。彼の傷を治すために、必要なものを願った。
「一つ目は、蛇の毒への対処。対価は、クルタロスの力」
直接解毒剤は、求められなかった。代わりに蛇の王バジリスクを縛る術を得た。フラスコの中身は暗緑色の薬品。帝王の蛇と同じ色。あの蛇の毒は傷を溶かして出血を止まらなくする。バジリスクの毒を参考に基礎を組み立て、アーサー・ウィーズリーからのサンプルで試験し、ようやく間に合った解毒剤。
「二つ目は、私がそれまで生き残ること。対価は、呪文を唱える喉」
ピーター・ペティグリューの目を通して、闇の帝王の動きを知った。私が使えるどんな呪文を使っても、ここまで安全かつ効率的に帝王の動きを知ることはできなかっただろう。
「三つ目は、この日この時この場所を知ること。対価は、私の時間」
だから私が知るのは、たった一つの道筋だけ。何かが違えば、たどり着けなかった時間だ。
『何と小賢しいことを』
ヴァルヴェルデが暗闇から床を這ってきた。
「しょうがないよ。死者を生き返らせることは魔女にもできない禁忌。単純にセブの命を助けて、という願いなら、対価は私の命になる。セブに私の死を押し付ける気はないよ」
出血が落ち着き、セブルスの呼吸が安定してきた。まだ意識は戻らないけど、その方がいい。そっと、頬に触れた。いつもよりさらに顔色悪いけど、ちゃんと、暖かい。
「あなたはリリー・ポッターを永遠に愛す。私はね、そんなあなたが本当に好ましく思うよ」
これはただの復讐、八つ当たり。勝手に見つけて勝手に救って、勝手に死んでいこうとする男への最大の嫌がらせ。ありがとうなんて、言ってやんない。
「ついでにマクゴナガル教授にみっちり叱られて、ハリー・ポッターに秘密を知られた羞恥に悶えると良い」
ばたばたと階段を駆け上る音。ハリー・ポッター達が誰かにこの場所を教えたのだろう。なら、私の役目は終わりだ。
「ばいばーい、教授。紅茶おいしかったですよう」
東洋の魔女に、魔法すべて使えなくなるのは対価が大きすぎると言われた。なら、一つだけ、唱えることができる呪文を得た。随分と久しぶりに、杖をポケットから取り出して、意識のない教授に向ける。
「オブリビエイト」